息苦しいほどの威圧
十月一日。ついにこの日を迎えることとなった。予備軍も含め、全隊員が総会に参加する。
今年度前期の報告や後期の予定など内容は多々あるが、この総会のメインはやはり第一部隊発足の事案だ。
「どんな奴だろうな」
「いかにもって感じじゃないか?ガリ勉的な」
陽と依田は、まだ見ぬ部隊長をふざけて予想しては笑い合っていた。
淡々と総会は進み、とうとう新部隊の件に移る。このことについては、この会場にいるすべての人間が興味を持っている。そしてその注目は、部隊長に任命された人間がどんな男なのかということに集中していた。
「それでは次に、新しく発足いたしました第一部隊についての報告を始めます。久瀬少将、お願いいたします」
すると、まず久瀬准将が壇上に上がった。
「この度、私久瀬は本日付けで役職が少将となりました。そして、第一部隊は私の指揮の下、これから活動をすることに決定いたしました」
会場がざわつき始める。久瀬准将といえば、あの見た目からは考えられない手を使ってすごい速さで上へ上がったという噂だ。それがこんなにも早く少将とは。
「次に、久瀬将官の直属の部下である都築三佐に、佐官昇格の挨拶と共に都築三佐を第一部隊長と任命いたしましたことをここにご報告します」
ついに来た……。陽の心臓は抑えられないほどに激しく鼓動している。
ステージ脇から都築上総が姿を現す。真新しい佐官の隊服を着用し、真っ黒な髪の毛を靡かせ中央に向かって颯爽と進む。
この姿、どこかで……。陽は、今まさにステージを歩く部隊長に見覚えがあった。少しずつ目を見開く。
「あ……、あいつ。おい、あいつだよ。愛想の悪い……」
陽は依田の腕を掴み、必死に訴えかけた。まさか、嘘だろ……。よりによって、なんであいつが。
陽の心配をよそに、上総は挨拶を始めた。
「この度、三佐及び第一部隊隊長に任命されました都築です。今回の第一部隊ですが、何卒初めての試みなのでうまくいかないことも多々あるかと思いますが、一層の努力をする所存です。どうぞご指導よろしくお願いいたします」
上総は、表情ひとつ変えることなく非常にあっさりと挨拶を終えた。この会場には誰もいないんじゃないかという視線。そして、自分の昇進すらなんの興味もないといった表情。
あの若さで部隊長に任命されたのだから、他の隊員に比べて突飛出ているのは間違いない。だが、内面はどうだろうか。今日初めて彼を見た者にとっては、間違いなくマイナスのイメージがついたに違いない。
「……目が死んでる。やっぱり、あいつには感情がない。本当にあいつで大丈夫なのか」
陽は心配以上に不信感を抱いていた。いくら頭が良くてもいくら強くても、あれじゃあ誰もついて来ないんじゃないか。
その後、上総が出てくることはなく総会は終了した。
「第一部隊隊員は、この後第五会議室へ集まってください。もう一度繰り返します……」
「ほら、第五会議室だって。もっと近くで拝めるな。都築部隊長を」
依田は完全に楽しんでいた。周りの仲間も哀れな目を向けている。
「はあ、ついてない。俺、実は評価されてないんじゃないのかな。だってこれ罰ゲームだろ」
「まあそう言わずに。ほら、行ってらっしゃい」
依田に背中を押され、陽は重い足取りで会議室へ向かった。
会議室の扉を開けると、すでに約二十名の隊員が揃っていた。彼らは陽を見るなり一斉に立ち上がり敬礼を掲げる。
「お疲れさまです!柏樹一尉!」
「……あ、ああ」
そうか。自分はこの第一部隊の中では二番手なんだ。彼らは自分にとっての部下でもあるのか。
陽は自分の席を探す。だが、すでに席は隊員たちでいっぱいだった。
「俺の席は……。え、まさかここかよ」
隊員たちと向かい合うようにして設置されている都築上総の席の両隣りが空いていた。ひとつは久瀬将官として、もうひとつは……。
早くも陽は上総のことが苦手となっていた。自分とは真逆の性格。いや、性格だけじゃない、見えているもの感じているもの、そのすべてがきっと自分とは合わない。
溜め息をつきながら仕方なくその席へと腰を下ろす。部下たちの視線が痛い。
すると、会議室の後方の扉が開いた。それと同時に隊員たちはまたも一斉に立ち上がる。そして、その扉の方へ身体を向けて敬礼を掲げた。
「お疲れさまです!久瀬将官!都築三佐!」
久瀬と上総の重い威圧感、そしてその威圧感に支配されたこの会議室は、なんとも言えない緊張感で満ちていた。いつの間にか、陽も右腕を掲げていた。
「皆さん、お忙しいなか急に集まって頂きありがとうございます。今回は、ちょっとした自己紹介程度で終えるつもりですので、少しの時間お付き合いください」
久瀬将官は相変わらず口調が柔らかい。そしていつも微笑んでいる。対して、隣に立つ男は……。
思ったとおり、笑ってもいないし怒ってもいない。どこを見ているのかもわからないような表情を浮かべていた。
「先ほども挨拶をしたのですが、改めて。この度、第一部隊直属の将官に任命された久瀬といいます。以前から私の隊に所属していた者も見受けられますね。初めての者もどうぞよろしくお願いします」
久瀬はにこやかに挨拶を終えた。次は上総の番だ。気のせいか、会議室の空気が急に居心地の悪いものになったような気がした。
隣で上総はゆっくりと立ち上がる。ふう、と一息ついた声が微かに耳に届いた。
「皆さん、総会お疲れさまでした。この度、第一部隊隊長に任命されました都築といいます。以前は久瀬将官の下、第一大隊第一戦術部にて将官補佐及び指揮官を務めておりました」
ごく普通に立っているだけなのだろうが、背筋はぴんと伸びており、決して大きくはないがよく通る声だ。
しかし、以前の所属場所が精鋭中の精鋭ばかりが揃う第一大隊第一戦術部だと……?そりゃあ、周りの隊員は知らないわけだ。
「今回、新しく部隊を発足させるにあたり、さらに情報の細分化を図ることになります。そのために、ここにいる隊員個々の特性や適応能力を判断し、この人員を召集しました。私も努力を惜しむことはいたしません。どうか力を貸してください。……それと、ひとつ皆さんにお願いがあります。私のことを呼ぶときに、階級をつけて呼ぶのはやめてください。すみませんが、よろしくお願いします」
そう話し、上総は腰を下ろした。
最後に付け加えた奇妙なお願いに、隊員たちは戸惑っている様子だ。
階級をつけないということは都築三佐と呼ぶなということか。それにいったいなんの意味が……。
「……次」
気が付くと、上総がこちらを向いていた。次は自分の番だ。
「あ、あの。柏樹といいます。以前は第三大隊にて情報課に所属していました。今回、第一部隊に異動と聞いてまだ実感が湧かない状態ですが、補佐官としてお二人を支えつつ、自らも精進していく所存です。よろしくお願いします」
少々緊張しながらも、なんとか挨拶を終えた。
その後も隊員たちの簡単な自己紹介が続く。陽は顔と名前を一致させるのに必死だったが、隣に座る上総はいたってなにもせず、ただただ彼らの挨拶を聞いていた。
「はあ……」
思わず溜め息が出る。やる気はあるのだろうが、覇気が感じられない。まったくもって自分とは合わない。
「……では、これで自己紹介は終わりですね。皆さんありがとうございました。では次に小隊長任命と各小隊、分隊の振り分けをします。都築、よろしく」
「はい。ではまず第一小隊から。隊長は柏樹一尉。第一分隊隊長、相馬三尉。第二分隊隊長、和泉三尉……」
上総は次々と隊員の名前を呼び上げる。いたって普通のことだと思われたが、陽はあることに気が付いていた。上総の前には書類が一枚もない。そして上総をよく見てみると、名前を呼ぶときにその隊員の顔を確認して呼んでいるようだった。
確かに、隊員らを選出したのは上総なのだから、名前を覚えていてもおかしくはない。だが、さすがに顔まで覚えているというのはまずないだろう。
何故なら、万が一盗難や流出した場合を見越して、ISAの個人データには顔写真は載せていない。わざわざ一人一人の顔を確認しに行くとも思えない。
それならば、この都築という男は今初めて隊員の顔を見たということになる。この短時間で、あんなに短い挨拶だけで記憶してしまったということか。
あまりにも自分との、そして部下たちとの差がありすぎる。これはもはや、妬みや嫉妬などではなかった。恐怖にも似た感情だった。
***
「おかえり。どうだった?初の召集は」
すでに業務時間は過ぎていた。部屋へ戻ると、部屋着で寛いでいた依田が皮肉げな笑みを浮かべて出迎えてくれた。
「どうもこうも……。あの人と同じ空間にいるだけで疲れる。あ、部屋のこと聞くの忘れてた。ああ、話したくないなあ」
陽は足取りも重く、すぐさまベッドへ倒れこんだ。
「めずらしいな、お前が他人のことでそこまで悩むなんて。いや、他人じゃないか。ある意味パートナーだよな。隊長とその補佐だし」
「パートナーなんてやめてくれよ。俺には無理だ。頑張ろうとも思えないよ」
陽は相当参っているようだった。今まで楽しんでいた依田もさすがに心配になってくる。
「まだわからないじゃん。実際に仕事を始めてみて、それから気付くことだってあるだろうし。都築三佐も緊張していたのかもよ」
依田は必死に慰めてみるが、今回ばかりは効かなそうだ。
「都築三佐……。都築……さん、か?ああ、もう。面倒くさいな」
発足初日からなにやら雲行きが怪しい第一部隊。後に陽は、この第一部隊を自ら辞めたいと言い出すことになる。
なぜなら、隊長である上総があまりにも許せない決断を下したから……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます