決して陰には足を踏み入れぬよう
演習が終了し、隊員たちが続々とゲートから姿を見せる。
笹谷と国近は相変わらず言い争いをしており、陽は乃村に言い寄られ、上総と美月と桐生は狙撃の反省会をしながら戻って来ていた。そしてその後ろに、ひとり俯いて歩く昴の姿があった。
南波は何も言ってはくれないだろう。そもそも、演習を観てくれていたのだろうか。観ていたとして、上官としてどんな判断を下すのだろう。
「でも、もういいんだ」
昴は、今日を以って隊長を辞する決意を固めていた。その後はまだ情報課に残るのか、他の部署に移るのか、それとも組織自体を辞めるのかはまだ決めていない。
「はっ……!」
先の方で、前を歩く隊長たちとすれ違う南波の姿が目に入った。
……言わなくちゃ。隊長を辞めたいって、今までお世話になりましたって。
うまく話せそうにない。緊張して涙が出てしまうかも。そして、歯を食いしばり顔を上げた瞬間、南波と目が合った。
「あ、南波一佐!あの、お話が……」
「昴、よく都築を抑えられたな。まあ、腕の方はもう一歩ってところだから、桐生に強化訓練頼んでおくよ」
「え……」
南波が少しだけ笑っているように見えた。演習、ちゃんと観ていてくれたんだ。
「そうだ、昴。次の昇級試験受けてみるか?その気があるなら、俺が推薦状を書いておくけど」
「昇級試験ですか……。いや、しかし私が佐官に上がれるでしょうか。これまでの訓練などでも、あまり成果が出ていないようですし」
辞めるつもりでいたのに、昇級試験の話を持ち出され昴の心は揺れていた。
本当はこのまま頑張りたい。頼りないけれど、隊長として技術面も精神面ももっと強くなりたい。
「成果なら出ているじゃないか。狙いを付けてから撃つまでの時間も確実に速くなってるし、都築を狙ったコースも良かった。これからは、昴自身で分析出来るようになればいい。だいたい、その歳で隊長だなんて都築よりも早いんだぞ?もっと自信持て。そうそう、笹谷も言ってたな。昴は弟のくせに、自分よりも信頼されていて正直羨ましいってさ。いつも、国近に昴を見習えってうるさく言われているらしいよ」
「南波一佐……」
「お疲れ、今回も良かったよ。昇級試験の件、考えておいて」
普段と変わらない、笑っているでもなく怒っているでもない顔で、南波は一番欲しかった言葉を言ってくれた。
嬉しい嬉しい……!やっと口に出して言ってもらえた!身体が震える、心臓が爆発しそうだ。
「頑張らなきゃ。もっともっと、皆に期待されるようにならなきゃ。まだまだ足りないんだ。……兄さんにも、ちょっと相談してみようかな」
強く握り締めた小刻みに震える両の手。歯を食いしばりながらも自然と口角が上がる。
思わず昴は顔を伏せた。とてもじゃないが、この喜びは隠しようがない。
「……ああ、どうしよう。これじゃあ戻れないや」
だって涙が止まらないんだ。口元さえ震えてしまう。ただ一言褒めてもらうということは、これほどまでに歓喜に満ち溢れたものだっただろうか。
そっと、細い通路の物陰に隠れ腰を下ろした。膝を抱えて静かに泣いている姿を見て、皆はどう思うのだろう。きっと、序盤に撃たれて悔しがっているのだろうと思うだろうな。
構わないさ。同情されようが笑われようが、今はどうだっていい。とにかく、この喜びをひとりで噛み締めたい。
「昇級試験、受けてみよう」
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