泡沫の想いで
その頃、笹谷は自ら殺した美月の隣であぐらをかき、腕を組んでなにやら考え込んでいた。
「もう、為す術がないんだよ。どうするかな」
「上総はともかく、陽と逢坂二佐はなんとかなるんじゃないですか?二人ともサブですし、飛距離なら笹谷一佐の方が有利なんですから。とりあえず、やるだけやってみたらいかかです?」
美月もまた、笹谷の隣に脚を抱えて座り込む。すでに美月は撃たれているため、死体と話すなど実際の戦闘では有り得ないことだが、今回は演習ならではだ。
「……桐谷はさ、なんていうか悪く言うわけじゃないけど、結構いい加減というか無関心というか、そんなとこあるよな」
美月は、目を丸くして少し驚いた表情を浮かべた。そして、頬杖をついて宙を見上げる。
「そうですね、自分でもそれは思います。とりあえずやってみて、だめそうならまたそこで考えようって性格なんですよね。仲間のことはもちろんちゃんと考えてはいますが、勝ったらそれはそれで良い、負けたらそれは仕方ないくらいで、仇を討とうとまでは思わないです」
美月の意外な思想に笹谷は少し驚いた。上総を慕い陽を敬い、二人について行くために精進しそして精一杯部下を護る。そんな、とにかく真面目で熱い人間なのだとばかり思っていた。
「上総と陽の前ではそこまで偽ってはいません。ですが、普段は割と大袈裟な態度をとっています。作り笑いと無駄な明るさ。ただ、そうしないと自分もやっていけないですし、仕事に関しては真面目に頑張っていますよ」
美月は顔をこちらに向けて、感情のこもっていない笑顔を見せた。
「……笹谷一佐は少々律儀過ぎます。おそらく、隊長たちの中で最もまともな方だと思います。こうして私と話して動き出さないでいるのも、卑劣な手を使ってしまった罪悪感からですか?」
笹谷の後頭部には、約八十メートル離れた場所から照準が合わせられていた。
「自分がやられることで、なかったことになんて考えてはいないけどさ。やっぱりね、あれはちょっと強引過ぎたなって反省してるんだ」
少し前から、逢坂が自分に狙いを定めていることには気が付いている。手榴弾も地雷もないが、それでも本気でかかれば倒せた可能性は高い。
「昴に格好悪いところを見せちゃうな。国近には怒鳴られるだろうし、ああ戻りたくない」
「昴は頑張りましたよ。都築一佐の動きを止めましたし、腕も格段に上がっています。笹谷一佐も、実戦では使えなくとも柔軟な閃きは重要だと思います。……失礼いたします」
姿を見せた逢坂は、一言謝罪をし笹谷の後頭部目掛けて引鉄を引いた。
「逢坂二佐……」
「今回、俺はなにも出来ていない。ごめん、全力でやるって言ったのに。……桐谷、都築を責めないでやって。都築の決断を、許してやって」
美月は、重い足取りでこの場を去る逢坂の背中をもの哀しげに見送った。
***
「あれ、逢坂じゃん」
覗いていたスコープに、特に身を潜めるでもなく立ちすくむ逢坂の姿を捉えた。案外あっさりと姿を確認出来たため、内心拍子抜けだった。
「なんだよ、隠れるの上手いって全然じゃ……」
だが、陽の表情が一瞬で変わった。違う、そうじゃない。
「わざと、姿を見せた……」
こめかみから頰へ滴り落ちる汗。はっきりと聞き取れるほどの心臓の鼓動。陽は、一歩また一歩と後ずさる。しかし、逃さまいと逢坂の眼がゆっくりとこちらを向いた。
「……柏樹、見つけた」
「げっ」
不敵に笑い、逢坂は陽のいる方へ身体を向けて首を回す。
「なんで居場所ばれてんだよ!どんだけ離れてると思ってんだ」
逢坂はとにかく足が速い。そして、上総に次いで疲れ知らず。鬱蒼と生い茂る木々の間を必死に駆け抜けるも、僅かな木洩れ日が時たまその姿を照らし出す。
しばらく走り、息を殺して辺りを見回した。気配は感じないが、どこからか見られているような、そんな衝動に駆られていた。
どこだ、右か?左か?さすがに先回りは不可能なはず……。
「!!」
そのとき、陽の目の前の木に一発のレーザー弾が撃ち込まれた。完璧なタイミング、そして秀逸なコントロール。もう追い付かれている……。
陽は、桐生の言葉を思い出していた。”すぐには倒さない、じりじりと追い詰め恐怖を煽る”
「……変態だな!」
負けじと陽も銃を構えた。周囲は葉音に支配され、足音はおろか発砲音さえ耳に届かない。ならば、まだ百メートル弱は離れているということか?牽制か、迎え撃つか。
「おっと!迷ったら死ぬな」
すかさず、今度は足元に数発飛んで来た。まだ当てる気はないらしい。すっかり弄ばれているようだ。
「ああ、くそっ」
陽は歯を食いしばり、逃げることしか出来ない自分に腹を立てていた。ちゃんとわかってはいる。敵を追い詰め策を乱したところを確実に仕留めるのが逢坂の手だ。
これまで、模擬演習では逢坂一人を相手にしたことはなかったし、逢坂にしつこく狙われるということもなかった。だが、こうして実際に一騎討ちとなると本当に厄介な相手だ。
「……へえ、思ったよりは動けるんだな」
陽を追いながら、逢坂は陽の動きを細かく分析していた。振り返って銃を構えるときの脇の締めが甘いところや、照準を合わせるときに無意識に利き目を使う癖。
陽自身、射撃が不得手というわけでもないし、これを上総が無理にでも直させないということは、特に気にすることでもないのだろうか。
すると、突如逢坂が足を止めた。
「どうした……?」
逢坂は陽の遥か先を見据え、来た道を引き返して行ってしまった。
「……俺に気付いたな」
「は、嘘だろ?だいたい、逢坂はお前のこと見えてないだろ」
スコープを覗きながら、高台に潜む上総は微かに笑みを浮かべていた。
「まあ、昴に指示を出したのは逢坂だろうし。それに、ちょうどあの辺りから有効射程距離に入る。さすが逢坂だ」
「てことは、お前の位置をほぼ正確に把握していたってことか……」
「だからこそ、逢坂はミドルじゃなきゃだめなんだ。クロスだと気付かない、そしてロングだと対応しきれないことを完璧にやってくれるから」
確かにその通りだ。逢坂は静かに気配を消し、近付くでもなく離れるでもなく、誰にも知られずに敵を堕とす。
「……桐生がさ、逢坂は怖いって言ってたんだけど、本当に怖いわ」
「ああ、逢坂は怖いよ。物静かそうに見えて頭の中は常にフル回転で、それを表には決して出さない。逢坂こそ、休むことを知らない人間だよ」
陽は眉間に皺を寄せて、上総は口を噤んで、逢坂が去って行った方向を見つめていた。
「なあ、上総。あいつもしかして……」
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