穏やかな時間はやがて

「お疲れさまです、桐谷三佐」


 笑顔で駆け寄って来たのは、戦術部情報課第二部隊隊長の笹谷昴ささやすばる一尉。スピード昇進により、若干二十五歳にして隊長に抜擢された。


「昴くん、今日はよろしく」


「こちらこそよろしくお願いいたします!今日こそ活躍して、南波一佐に褒めてもらうんです!」


 戦術部情報課第一部隊隊長の南波篤志は、部下のことを叱らなければ褒めもしない、感情を露わにしない男だ。昴はなんとかして南波に褒めてもらおうと常に全力で奮闘しているのだが、これがなかなか報われない。


「ただ言葉にしないだけで、昴くんのことはちゃんと認めてるよ。でも、”頑張ったな”くらいは言われたいよね」


「そうなんですよ!」


 特務室と情報課はあまり接点はないが、美月と昴は仲が良い。お互いに姉と弟といった存在だ。


「しかし、あれなんですか?どうして都築一佐がロングなんです?僕、もう恐怖しかないですよ」


「たまには変化があってもいいでしょ。でも、私も久し振りに見るよ。上総がロングにつくところ……」


 すると、どこからか華やかな香りが二人の周りを支配した。


「今日は楽しみね。お二人とも、お手柔らかに頼むわ」


「望さん!」


 振り返ると、自然とセレブオーラを発する技術部開発課第二部隊隊長の国近望くにちかのぞみ二佐が武器を受け取りに訪れていた。


「なんかお久し振りですね、望さんとこうして顔を合わせるのって」


「そうね。ここ最近は、ずっと新木場の方に篭りっきりだったから」


 開発課は、新木場の格納庫にて企画課や製造課と共に戦闘機や重機機の開発製造が主な仕事だが、第一部隊隊長一佐の陰山一覇かげやまいちはや国近、そして三佐の城戸樹生きどいつき率いる開発課三部隊は、戦闘員として普段から訓練も行なっているため、ほぼ毎日のように本部と新木場の格納庫を行き来している。


「美月ちゃんと昴くんと戦えるのは楽しみなんだけど、今日はうちのアレがいるからちょっとやりにくいのよね」


「ああ……」


 思わず昴も苦笑いを浮かべた。うちのアレとは、技術部技術課第一部隊隊長の笹谷慧ささやさとし一佐。昴の兄だ。


「昴くんには悪いけど、私彼とはすべてにおいて合わないのよ。そもそも根本的に考え方が違うのよね。なにを話したって共感出来ないもの。うまく連携がとれるか正直不安ね」


「わかります、僕もそうです。我が兄ながら、どうしてここまで違うものかと疑問に感じるほどですよ」


***


 その頃、陰でこんなことを言われている張本人は、休憩所にて上総と談話の最中。この二人は割と会話を交わすことが多い。頭が固い者同士意見が合うのだろう。


「……皆、口を開けば”なんでロングなんだ”って言ってるけど」


「そんなに驚くことかな。自分の中では、狙撃は得手だと思っているんだけどね」


 周りのギャラリーから突き刺さる視線を気にも留めず、二人はコーヒー片手にひと息つく。


「顔色、良くないな。徹夜何日目だ?」


「そう?三日寝てないんだ。なかなか厄介な実験でね。まともに食べてないから、そのせいかも」


「それでも、勝つ自信はあるんだろ」


 笹谷は眼鏡を外し目薬をさす。彼もまた、昨夜は徹夜だった。


「……そっちも大変なんだってね。ずっと新木場だったんだろ?期待してるよ、新型」


「ああ、技術課も総動員だったよ。一応来月頭には航空部隊がテスト飛行の予定だけど、なんかここ最近逢坂が調子良くないみたいで。航空部隊の司令として逢坂には乗ってもらいたいんだけどね。それとも、総司令として都築が乗るか?もちろん、脱出装置なんて搭載してないからな。だけど、その分最高のエンジンを積んである」


「そういえば、最近は全然乗ってないな。近いうちに第一で訓練させてもらうよ。相馬と和泉も腕が鈍っているだろうから」


 戦闘員の中での総合順位一位二位を占めるこの二人は、別段焦ることもなく身体を休めることを優先としていた。


***


 本大会のルールは、ABC戦共通してとにかく多く残った部の勝利。同人数が残った場合は、仕留めた数で決まる。

 使用する武器はなにを選んでも構わない。そして、さらに手榴弾、地雷、拳銃の中から自由に二つ選ぶことが出来る。

 隊員は特殊なゴーグルを装着し、直接人体を狙う銃に限り着弾をバーチャルで体感することになっている。しかし、手榴弾と地雷は最も威力が低いものを使用するが実物だ。

 そして、手榴弾は人体より半径十メートル以内に投げてはならない。地雷は仕掛けた場所の周囲五メートルの場所に四ヶ所の印を付けなければならない。

 実戦を想定した訓練のため、この演習如きで大怪我を負うようなら隊長として失格だ。


「俺さ、まだどれにするか決めてないんだよね。逢坂、どれにしたらいいかな?」


 陽たちの前に、戦術部戦術課第一部隊隊長の乃村侑斗のむらゆうと一佐が姿を見せた。


「……では、あえてなにも選択しないというのはいかがです」


 嫌味な表情で、逢坂が軽口を叩く。


「なるほど、それはまた斬新だな!それなら身体が軽いし、あると見せかけて都築を驚かせる策ってやつか!」


 乃村に冗談は一切通じない。そして、すべてをポジティブに捉える。だからこそ、逢坂や嗣永とはまるで性格が合わず、上総は彼を苦手としていた。乃村の相手が出来るのは、笹谷昴と桐生楓くらいだ。


「……」


 乃村の反応が相変わらず面白みに欠けるため、逢坂は顔をしかめて心の葛藤と戦っていた。


「まあまあ!」


 苛立ちを抑えているその姿に、桐生と嗣永は思わず吹き出してしまった。


***


「香月」


 嗣永が香月を呼び止めた。


「さっき逢坂二佐が言ってたことだけど。まあ要するに、負傷した隊員にこれ以上無理をさせるわけにはいかないし、辛い思いもさせたくないってことだよ。後はすべて自分がどうにかするって性格なんだよね、逢坂二佐って」


「あ、では……」


「うん。逢坂二佐が乃村一佐のことを尊敬しているのかは謎だけど、いざとなったら必ず助けるし、俺たち部下のこともちゃんと考えてくれてるよ。ただね、逢坂二佐自身はその自覚がないから、自分は最低な人間だって思ってる」


 香月は、先ほどの逢坂が話していたことと今嗣永が話してくれたことを繋ぎ合わせて一先ず安堵した。


「都築一佐と同じで、自分のことなんてこれっぽっちも考えてないから誤解されやすいんだよね。たぶん、香月みたいに勘違いして落胆しちゃってる隊員は多いと思う。だからさ、気付いたら誤解を解いてあげてよ」


「……はい!良かったです、このまま誤解し続けていたらと思うと哀しいですね。少し、柊にも似ているような気がしました」


「ああ、はいはい。柊もね……、まあ、あいつは性格はひん曲がってるけどね!ただ、あのどこから湧き出てくるのかわからない自信と、口だけじゃなく結果として残せているところは凄いよね」


 同僚が褒められ、香月は自分自身のことのように喜んでいた。

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