三つの顔

「桐谷の容態ですが、桐谷の担当医師の方から説明させて頂きます。ではお願いします」


 有坂は軽く会釈をし、隣に座る医師へバトンタッチをする。


「はい。ISA附属病棟専属医師の都築です」


 会場が一瞬ざわついた。有坂と共に白衣姿の都築一佐が入ってきた時点で記者たちは少々混乱していたようだが、今改めて医師だと聞かされ皆驚いている。

 特務室一佐であり薬科学開発室の研究員であり、そして医師ときたもんだ。いったいいくつの顔を持っているのだろうと唖然としていた。


「現在、桐谷は集中治療室にて術後管理を行っております。未だ意識は回復しておりませんが、命に別状はありません。爆発の衝撃で、破片が頭部を掠めたことにより皮膚の移植手術を行なったため、今後しばらく集中治療を続ける方針です」


「銃声が聞こえたとの声が挙がっていますが、桐谷三佐の発砲で間違いありませんか」


 上総に続いて、再び有坂が口を開いた。


「はい、桐谷による発砲で間違いありません。三階奥の部屋へ辿り着いたときには既に犯人の姿はなく、人質となっていた人たちを救出する手はずでしたが、そこには……」


 ***


「……美月、こっちは落ち着いたから、所轄に任せて俺もそっちに行く」


 しばらくして、イヤフォンから有坂の声が聞こえてきた。その声に、佐伯はふと違和感を抱いた。


「わかった。じゃあ、佐伯が地下にいるから、渉は一階をお願い」


「了解」


 今度は美月の声。佐伯は再度違和感を抱く。


「美月は今二階?なにかあったらすぐ呼んで」


「これから三階。うん、渉も気をつけて」


 佐伯ははっとした。なぜ有坂は美月とタメ口で話している。なぜお互いに名前で呼び合っている。


「えっと……。なに、え、どういう関係なんだ?」


 なにやら聞いてはいけないものを聞いてしまったのではと、任務に加え佐伯の中に新たな疑問が生まれてしまった。


「佐伯二尉」


「うわっ、は、はい!」


 突如有坂に声を掛けられ、驚きのあまり佐伯は息が詰まってしまった。


「これより私も合流します。指示をお願いします」


 階級では有坂の方が上だが、実際の現場では戦闘員の佐伯の方が経験は上。それは理解しているが、任務中とはいえ上の立場の人間に敬語を使われ、且つ指示を出すというのは些か難題だった。


「……承知しました。では、一階奥の応接間より調査を開始して下さい。私は終了次第、一階手前の受付より調査続行いたします」


「承知しました」


 ***


「そりゃ驚くよな。一佐のはずが、急に白衣着て出て来んだもん」


 病室では、陽をはじめ特務室隊員と共にすっかり元気な姿の美月が、テレビを通して会見の様子を観ていた。皮膚の移植手術を行ったことは事実だが、意識はあるし集中治療室にも入ってはいない。


「俺だって、はじめてあいつの事を聞かされたときは驚くってよりなんか怖かったもん。同じ歳なのにさ、普通の人間が一生を懸けても得られないだろって程のものを持ってたから」


「私だって驚きましたよ。都築さんの下に就いたばかりの頃、病棟にいると連絡があったので伺ったところ、患者としてだとばかり思っていたのがまさかの白衣を着用されていまして……。しかも、診察までされていて。ISAだけで三つの顔を持ってらっしゃるんですもんね」


 隣では、相馬が陽の話に大きく頷いている。確かに、まだ三十前にしては飛び抜けてたくさんの知識を持ちすぎだ。

 特務室一佐であり、研究所で薬科学の研究及び新薬の開発を行い、外科内科の医師免許を持ち脳外科が専門。柔道空手剣道すべて最高段位取得、射撃の腕は完璧で、英語とドイツ語が話せる。もちろんシステム解析やハッキングもこなし、爆弾も作り解体も可能。少なくとも軍において彼に出来ないことは何一つとして無い。


「しかしまあ、あいつがこれだけの腕を持つ奴で良かったよ。俺も前に命を救われたし、今回も美月の手術をあれだけ完璧にこなしたんだから」

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