最終手段

 二階三階とすべての部屋を調べたが、これといってなにも変わった様子は見られなかった。残すは三階一番奥の部屋のみ。


「……ここに人質がいる。どうか生きていて」


 助けを求めてきた女性の顔が脳裏に浮かぶ。なんとしても彼女の笑顔が見たかった。


「こちら桐谷。これより三階残す一部屋へ向かう。そちらはどう?」


「こちら佐伯。先ほど有坂特尉と合流し、ただ今一階の調査を終えました。直ちにそちらへ向かいます」


 やはり、このビルにはもう犯人の姿はない。荒らされた様子も盗まれた物も見受けられなかった。ならば、犯人の目的はなんだったのだろう。このままあっさりと人質を救出して終わるのだろうか。

 美月は恐る恐る扉へ手を掛けた。少しずつ中の様子が目に入ってくる。


「あっ……」


 そこには、口を塞がれ手脚を拘束された社員たちの姿があった。だが、全員ちゃんと生きていた。


「人質の生存確認。直ちに救出を開始す…」


 安心したのも束の間、美月の目にとんでもない物が映った。


「桐谷さん、どうされました?我々もすぐに到着しますので……」


「だめ!すぐに戻って!爆弾が……」


 部屋の中央には、少なくともビルの三階フロアは吹っ飛ぶほどの爆弾が仕掛けられていた。そして、それを囲むように人質が円を描いて拘束されていた。

 爆弾の液晶画面には、残り十五秒とカウントダウンされている。人質は口を塞がれながらも出せる限りの声を振り絞り、必死にこちらへ助けを求めていた。


「爆弾って、美月!?」


 時間がない、いったい何ができる。美月は二人の声に耳も貸さずに、おもむろにホルスターからもう一丁の拳銃を手にした。そして、窓に向かって一発撃ったのち弾倉を捨て空砲の弾倉を挿入した。

 普段から腰にある拳銃には、実弾が装填されたものと空砲の銃弾が装填されたものが装着してあり、美月の両手には空砲の弾が入った二丁の拳銃が握られた。


「もう解除出来ないから、外で爆発させる!」


「えっ、ちょっと待ってください。今の銃声は……」


 爆発までは残り十秒を切っている。美月は意を決し、爆弾を抱えて粉々に割れた窓に飛び込んだ。そしてすぐさま空高くに爆弾を思い切り投げ、それ目掛けて二丁の拳銃を力の限りぶっ放した。

 空砲とはいえ、この至近距離ならかなりの威力はある。ほんの少しでいい、なるべく高い所で爆発させたかった。


「このっ……」


 徐々に爆弾と美月との距離が離れて行く。そして最後の一発を放ったところで、なんとかビルの高さぎりぎりのところで爆発させることに成功した。

 それでも威力は凄まじく、たくさんの破片が飛んでくるなか、それを空中で見届け美月の身体は地上へと吸い込まれて行った。


***


「桐谷が最後の部屋へ入ると、拘束された社員とともに部屋の中央に爆弾が仕掛けられていました。その時点で、爆発まで残り十五秒。せめて数分でも残っていれば解除可能でしたが、さすがにどうする事も出来ず、今回の様な手段を取った次第です」


 会見の場は、美月が選んだ手段について少々騒めいていた。地上三階の窓から爆弾を抱えて飛び降り、落下しながらも空砲を撃って爆弾の落下速度を少しでも遅くするという突拍子もない行動。

 普通なら考えつかないし、この方法を思いついたとして実行する人間はまずいない。そもそも、周りに被害が及ばずに爆弾を爆発させる事が出来ても、自分自身はそのまま地面に叩きつけられてしまう。これは、最終的な自己犠牲の手段だ。


「……しかし、桐谷三佐はあの高さから落下したのにも関わらず、それに関しては怪我を負ってはいないんですよね」


「はい。桐谷は地面に接触する瞬間に片足を踵から滑らせ、そのまま勢いに身を委ね地上を転がる形で着地しました。ビルの隣が空き地であったというのと一昨日の大雨が功を奏し、地面がぬかるんでいたおかげで衝撃が和らいだようです」


 これは、美月がカナダで受けた着地訓練の成果だった。訓練施設では、十センチの台からジャンプをし、徐々にまた十センチずつ高くして飛び降りるという訓練を行っていた。

 この十センチという高さ、初めのうちは特に変化も感じられず楽々と突破出来るが、ある時自分はこんな高さから飛んでいたのかと気がつく時が訪れる。

 これを何度も何度も繰り返し、地上十メートルの高さまでなら無傷で着地出来るようになった。


「ただし、これは最終手段に他なりません。情報が無かったにせよ、爆弾が設置されていた以上爆発させるなど以ての外、なんとしても止めるべきでした。私と佐伯二尉も、たどり着くのが遅すぎました」


***


 美月は鍔を掴み、軍帽を深く被り直した。時折、額から頬を伝い流れ出る血を拭う。白い手袋は、赤というよりかはほぼ黒に染まっていた。

 三人の周りを記者たちが囲む。幸い、カナダでの訓練のおかげで着地はうまくいった。だが、爆弾の破片が額を掠めたため顔面右側は流れる血で真っ赤になっていた。


 ハンカチは先程女性に渡したため持っていない。そして、有坂と佐伯も自らのハンカチを渡すことはしなかった。なぜなら、これが実際の戦場であるならば、ハンカチを差し出す場面を見られた時点で負傷していると気付かれてしまう。自分の負傷は自分の責任、仲間に危険が迫るような行為は絶対にしてはならない。


「……この度は、大変見苦しくお恥ずかしい姿を晒してしまう結果となってしまいました。もっと早くに爆弾を発見することが出来ていればこんな事態にはなりませんでした。すべて私の不徳の致すところです。本当に申し訳ありませんでした」


 軍帽で顔の上半分は見えていないが、それでも頬を染める血は隠しきれていない。再び鍔を掴んで更に深く被り直し、美月は歩みを進めた。

 両脇からは記者たちからの止め処ない質問とカメラのフラッシュ。それでもなんとか社用車まで辿り着いた時、美月は足を止めて振り返った。


「……脱帽せず、失礼いたしました」


 そして、三人は社用車に乗り込みこの場を後にした。

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