気持ちばかりが先走り
「あの都築三佐、これどこへ向かっているんでしょうか」
半ば強制的に助手席へ乗せられ、予備軍隊員はただただ不安でしかなかった。
「横浜港だ。俺の部下が、あ……、いやもう部下ではないが、余計なことをしに行ったから、予定よりも早く行く羽目になった」
「そうなんですか……」
言っている意味がさっぱり理解出来ないまま、二人を乗せた車はどんどん周りの車を追い抜いて行く。
「赤色灯つけないんですか?」
「それをつけると、この辺りの警察もやって来るから面倒なことになる。被害が拡大するだけだ」
「被害……。しかし、このままですと警察車両に追われることになるのでは。この車、都築三佐の私物ですし」
「ナンバーを照合すれば、すぐに引き返すよ。私物の車両ナンバーも登録してあるからね」
なんのために横浜港に向かっているのかも知らず、被害を被る可能性がある場所へつれて行かれる。隊員はもう、これ以上なにか聞くことをやめた。
「もう着くぞ」
車はいつの間にか海岸沿いを走る。みなとみらいを横切り本牧を越え、横浜港へと到着した。
「お前はここで待機だ。おそらく帰りはお前が運転することになるから、運転席に乗っていろ」
「えっ。私がですか」
「まさか、お前免許を持っていない……?」
上総は、普段は見せない愕然とした顔を見せた。
「い、いえ。違いますよ、ちゃんと持ってますよ。ただこの車、都築三佐の私物なので」
「そんなことは気にしないでいい。ある程度スピードを出せて、事故さえ起こさなければ問題ない」
「はあ……」
上総は予備軍隊員を車に残し、防毒マスクを手に去って行った。
「ええ、なんで防毒マスクなんて持ってるの。いったい、これからなにが始まるのさ……」
隊員は運転席に移動し、とりあえずエンジンを切った。
***
「地下室といったって、入口がひとつとは限らないもんな」
陽は館内図を広げて、ビルの一階を歩き回っていた。
「お、そうだ。通気口なら大丈夫だろう。すでに地下と繋がってるんだし」
急いで地下駐車場へ向かい、中へ入れそうな箇所を捜す。
上総には任せておけない。あいつらは絶対に生きている。自分がつれて帰り、上総を部隊長の座から引き摺り下ろす。そう心に決めて、陽はたったひとりこの横浜港へと戻って来た。
閉じ込められている部屋にほど近い通気口を発見し、早速蓋を外す。軽くガスの匂いが鼻をついた。
「ふう……」
一度深呼吸をし、防毒マスクを装着して懐中電灯を手に中へ入って行く。
陽には少し狭い通気口。だが、匍匐前進で力いっぱい進む。なかなか進まない上に体力を使う第四匍匐だが、なぜか普段よりも早く進むことが出来ていた。
「……くそ」
陽は今になって、ほんの少しだけ上総に感謝していた。あのスパルタ訓練のおかげで、体力と共に技術も向上していたのだ。
時折止まり、館内図を確認する。以前情報課に所属していただけあって、こういった図面を見るのには慣れていた。
「もう少しだな。待ってろよ」
部下たちの顔を思い浮かべ、再び匍匐前進で進み始めた。
しばらくして、第四分隊が閉じ込められていると見られる部屋の上までたどり着いた。
「なんだ、よく見えないな……」
部屋が暗いのか、通気口の間から下を覗いてもなにも見えない。陽は力任せに足を振り上げ、通気口の蓋を蹴り落とした。
するとその瞬間、中から物凄い風が逆流し、とんでもないほどの轟音と共に地下室で大爆発が起きた。
崩れ落ちて行く天井、瞬く間に炎に包まれていく部屋、まるで地獄のような光景が陽の目に焼き付けられていく。
「あ……、なんで」
頭の中が真っ白になりながら、陽の身体は爆風と共に炎の海へと投げ出された。
このままだと、この建物ごと倒壊してしまう。自分のせいで、助かったかもしれない部下たちの命が……。
燃えさかる床に叩きつけられ、途端に意識を失った。焼け焦げた天井が落下し、陽の姿は瓦礫によって消されてしまった。
***
スプリンクラーが作動し物が焦げた匂いが充満するなか、上総は必死に瓦礫をどかしていた。
なんとか陽を止めたかったが、携帯電話も切っており寸前のところで間に合わなかった。そのため、上総も爆風に巻き込まれて身体の至るところを打っていた。
「……たく、面倒なことを」
文句を言いながらも、瓦礫をどける手は止めない。
「はっ」
瓦礫の間から陽の戦闘服らしきものが覗く。手は血で滲んでいるが、そんなことは気にもせず瓦礫をどけていく。
やっと見つけ出した陽は、酷い火傷に加え全身傷だらけの無残な姿だった。
「大丈夫か。聞こえるか」
上総は陽の肩を軽く叩きながら声を掛けるが、まるで反応がない。
「おい、柏樹!」
やはり陽は目を開けない。外傷に加え、生命徴候に異常がある。上総は陽の頭をなるべく動かさないように起き上がらせ、自分の肩に担いだ。
まだ少し炎が残る中を、陽を揺らさないように気を付けて歩き、やっとのことで外へ出た。空はすっかり暗く、辺りは波の音に支配されていた。
「……うっ」
「気が付いたか」
上総に担がれながら、陽はゆっくりと片目ずつ開いていく。なにがあったんだっけ。俺はどうしたんだ。俺は、部下たちは……。
「……!そうだ」
陽は第四分隊のことを思い出し、はっと目を見開く。
「おい、動くな。頭から出血しているんだぞ」
その声に、陽は動きを止める。やっと自分が置かれている状況を理解した。
「あんた、なんでここに」
陽の言葉を無視し、上総は急いで車へと向かう。
「聞いてんのかよ。それより、もう降ろせ」
「お前は、もう少し賢い奴だと思っていたのに。ただの無神経馬鹿だったんだな」
「はあ……?なんだよそれ。くそっ」
じたばたと動く陽を必死に抱えながら、それでも上総は歩き続ける。
「……久しぶりに、こんな星見たな」
予備軍隊員が空を見上げていると、上総と陽の言い合いが耳に入ってきた。二人の様子を確認し後部座席を開ける。
二人とも身体中ぼろぼろで痛々しく見えるのだが、それ以上に激しい言い争いの方が気になってしまい、なんとも心配する気が起きない。
「お二人とも大丈夫ですか?先ほどすごい音が聴こえましたが」
「ああ、なんとか。ただこいつは外傷が酷い。すぐに出してくれ」
陽を後部座席に横たわらせ、車は横浜港を後にした。
「……なんであそこにいたんだよ」
細々しい声が後部座席から聞こえてくる。上総は頬杖をついて、窓の外の景色を眺めていた。
「はあ、本当に余計なことをしてくれたな」
「なんだって?」
「俺は第四分隊を見捨てたわけじゃない。待っていたんだよ、夜が来るのを」
陽は、いまいち理解出来ないという顔を浮かべている。
「海陸風って知っているか?ここみたいな海岸地域では、日中は海から陸へ向かって風が吹くが、夜は陸から海へ向かって風が吹く。この工業地帯が密集した場所であのガスが蔓延してみろ。建物の倒壊だけじゃ済まないんだ、首都高にだって影響が出る。だから、海へ向かって風が吹く夜を待っていたんだ」
「……だけど、それでもあいつらはどうなんだよ。爆発に巻き込まれたんだぞ。夜までって、そんなに放置しておけないだろ」
「第四分隊には、防毒マスクと耐火服を着用するよう言ってある。犯行グループとあの建物のことをよく調べれば予想がつく。ただ、本当に爆発するなんてついていなかったが、彼らがとっさに通気口を塞いでくれたから被害を最小限に抑えられたんだ。なのにお前は……」
通気口の下がなにも見えなかったのはそのせいだったのか。俺はなんてことを。
「でも、さっきはどうして。今度こそ全壊してしまうんじゃ……」
「スプリンクラーを発動させていた。全館を先に水浸しにしておけば、その湿気で爆発は起こりにくくなる。地下室も爆発する直前になんとか作動させることが出来たが、それでも間に合わなかった。それと、第四分隊は無事だ。本部に連絡して車を呼んだ」
「スプリンクラー……」
「奴ら、館内のシステムをすべてダウンさせていたから、それを復旧させるのに時間が掛かった。さっきは、皆を待たせて悪かった」
そんな、たった一人で全システムの復旧を行なっていたのか?それもあんな短時間で……。
上総は相変わらず外を眺めている。街の灯りが柔らかく気分が落ちついてくる。
「……だったら、はじめからそう言えよ。そもそも、ちゃんと編隊組んで救出に来ればよかったじゃないか」
「もし仮に、さっきみたいな大爆発が起こっていたらどうする。犠牲は少ない方がいいんだ。それと、第四分隊はこの第一部隊の中で最も機動力に優れた班だ。彼らがそう簡単に倒れるはずがない」
陽は顔の上に腕を乗せ、唇を噛み締めていた。目尻から流れ落ちる涙は、すぐさま血と混ざり合い赤く染まっていく。
「……よかった、本当に」
「でも、お前にだけは話しておいてもよかったな。悪かった」
上総は、バックミラー越しに陽の姿を見つめていた。
「あと十五分ほどで到着します」
咄嗟に連れて来た予備軍隊員だったが、運転さばきはなかなかのものだ。
「お前も、急に悪かったな。助かった」
「……ん、そいつどこの隊員だ?見ない顔だな」
突然話を振られて隊員は焦り出す。そういえば、自分は今第一部隊のトップとその補佐と共にいるではないか。予備軍にはありえない事態だ。
「あ、私は予備軍の隊員で藤堂と申します。どうも、はじめまして」
「藤堂、か。覚えておく」
そこで陽ははっと気が付いた。人を連れて来たのは自分がなにか問題を起こすと見越し、そして上総自身もそれに巻き込まれる可能性があったからだ。
そして、自分の車なのに自身で運転していないということは、やはり上総も相当な怪我を負ったのか……。
陽は、思わず声を掛けようとしたが口を閉じた。上総は人に心配させることを嫌う。自分はどうなっても、とにかく任務を成功させる。それが、柏樹陽から見た都築上総という男だった。
「……ああ」
だんだんと、身体が痛いような苦しいような、重い怠さにも似た不快感に襲われてくる。
「痛み止めが切れてきたようだな。もうしばらく我慢しろ。すぐに到着する」
視界がぼやけ、上総の声もはっきりと聞き取ることが出来ない。陽は強く目蓋を閉じたかと思うと、そのまま意識を失ってしまった。
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