引鉄と共に散った未来
「特務室、都築一佐及び桐谷三佐、狙撃銃使用。柏樹二佐、短機関銃使用。戦術部、乃村一佐、自動小銃使用。逢坂二佐、短機関銃使用。笹谷一尉、狙撃銃使用。技術部、笹谷一佐及び国近二佐、自動小銃使用。桐生二佐、狙撃銃使用。それでは、二十分以内に位置についてください」
ギャラリーに向けて、それぞれが使用する武器とランダムに配置されたマップが公表された。狙撃銃を使用する上総、そして中距離なのに射程の短い短機関銃を使用する陽と逢坂に注目が集まっている。
「いったい、誰を応援していいのやら」
逢坂直属の部下である伏見明里は、モニターを見上げながら腕を組んで唸っていた。
「いや、普通に戦術部だろ。まずは逢坂二佐じゃないの?」
後ろに座る相馬がすかさず指摘する。
「桐谷三佐は伏見の同期だしね」
相馬の隣に座る和泉も話に加わる。
「逢坂二佐はもちろん、ロングの都築一佐はぜひ最後まで残っていただきたい。美月だってそうだし、それに望さんだって応援したいし……」
明里はこんなことを言っているが、この場の皆が迷っていた。というよりは、別段誰を応援しようとかではなく、全員に最高の戦いをしてもらいたいと心から望んでいる。
「これは、逢坂二佐次第で戦術部有利だな」
近距離の乃村はほぼ中央。乃村から約四百五十メートルほどの好位置に中距離の逢坂。そして、二人と向かい合う形で最も奥に遠距離の昴が位置取っていた。
「合流後、乃村一佐が突っ込んで逢坂二佐がその援護か。……本来なら」
「まず、合流すらしないだろうね。逢坂二佐は、目的よりも援護よりも、周りの邪魔者を排除するのが仕事みたいなものだし。援護は昴くんに期待しよう」
「技術部は、まずまずだな」
近距離の笹谷と国近は、渓谷内の手前両端。遠距離の桐生は、国近の真上に配置されていた。
「笹谷一佐と国近二佐は昴のコースだな。まあでも、桐生二佐が牽制してくるか」
技術部は、三人とも固まっているため狙われやすいが、すぐに合流出来る点ではなかなかの配置だ。
「問題は特務室」
「……微妙」
特務室は、今回なかなかに不利な配置となっていた。
まず、中距離の陽は手前中央。つまり、笹谷と国近に挟まれ、頭上からは桐生が狙いを定めてくる。
遠距離の上総は中央右上。下にいる乃村や逢坂、そして国近を狙うことは容易だが、左右に昴と桐生がいるため牽制されやすい。そして、遠距離の美月だが……。
「桐谷三佐は、都築一佐と桐生二佐の間?」
「挟まれたな」
特務室の狙撃手二人は、戦術部と技術部の狙撃手に挟まれる位置となっていた。
「つまり、左ががら空き」
「桐生二佐が動くかな」
この二十分の間に、ギャラリーはそれぞれ出場者がどう動くのかを予想し、お互いの位置を知らない出場者は仲間とだけ連絡をとりながら情報を伝え合う。
演習開始のサイレンが鳴り響き、模擬演習大会の最大の目玉であるA戦が幕を開けた。
「陽。左右に笹谷と国近、真上に桐生だ。そのまま桐生を狙え」
「はいよ」
開始五分、陽は振り返って真上の桐生目掛けて引鉄を引いた。
「柏樹二佐、真っ先に笹谷一佐か国近二佐を堕としに行くと思ったけど、桐生二佐を狙った?」
有効射程距離内ではないため命中することはないが、桐生を後退させるには充分効果的だ。
「美月」
「了解」
陽が桐生に牽制射撃をしている間に、美月はその両脇の笹谷と国近を牽制する。
一方、上総は中央の乃村と周辺に潜んでいる逢坂を警戒しつつ、再び桐生が顔を出すのを待っていた。
「……昴、都築一佐だ。昴から見て九時の方向」
この状況から判断し、逢坂がすかさず指示を出す。
「逢坂、よくわかるな」
「柏樹が桐生の方にいったってことは、桐生のことが確認出来る位置に都築一佐がいて指示を出したからです。つまり、奥寄りのどこか。奥中央は昴がいますし、右上から聴こえるこの銃声、あの位置からは桐生は確認出来ませんのでおそらく桐谷。従って、もし都築一佐が左上を位置取っているのなら挟み撃ちのチャンス。ですがそれをしないということは、都築一佐も桐谷寄りの位置にいます」
「なるほど、さすがだな!」
逢坂の見事な見解に、乃村は大きく頷き笑みを浮かべる。
「九時の方向、牽制してみます」
逢坂の指示通り、昴は牽制射撃を開始した。すると、微かに聴こえていた上総の射撃音が止んだ。
「効いてるみたいだね。ただ、桐谷と一応桐生にも気を付けて」
「はい!」
その頃、美月が国近を堕とし特務室が先制点を挙げていた。
「笹谷くん。囮になってあげたんだから、あとは頼むわよ」
「お疲れ。おかげで桐谷の位置が割れた」
撃たれた場合は、演習が終了するまでその場で待機。一応、死体扱いだ。
「陽、もういい。笹谷をやれ」
「はいはい。……昴、なかなかうまいじゃん」
桐生は、陽の牽制によって一度下げられたが、そこへ今度は前へ前へと出させるために、上総はわざと外しながら少しずつ桐生を追い詰めていた。
「お前も嫌な性格してるね。桐生と昴を争わせようとしてるな」
「敵同士でやり合ってくれれば、それに勝るものはない」
一方、陽を牽制していた桐生も上総の作戦に気付き狙いを変えていた。
「……都築一佐、俺に昴を堕とさせようとしていますね」
そして、遂に最後の一発を桐生の頭部へ撃ち込んだ。だがその瞬間、間一髪桐生も引鉄を引いた。
「……!申し訳ありません。やられちゃいました」
桐生は、堕とされる間際最も距離が離れている昴を撃ち抜いた。狙撃部隊の司令である桐生は、今堕とすべき的がなにかを瞬時に判断し、そして決して逃さない。
「さすが桐生二佐!この湿気の中、さすがのコントロールだな。さあ、私は逃げなきゃ」
「めずらしい。桐生が一か八かの手を取るなんて」
この時点での生存者数は特務室三名、戦術部二名、技術部一名。
「昴、よくやった。昴の牽制のおかげでスムーズに移動出来たよ。……南波一佐も、きっと褒めているよ」
「あ、ありがとうございます!逢坂二佐にそう仰っていただき光栄です!」
***
昴は銃を下ろし、その場に仰向けに倒れ込んだ。頭上から木漏れ日が差し込み、昴を優しく照らす。
「……やっぱり、僕はまだまだだ」
昴自身、スピード昇級にて隊長の座を手にしたが、結局自分は隊長の器ではないと感じていた。
部隊には自分より年上の部下も多い。もちろん、皆年齢など関係なく上下関係はしっかりとしているが、それでもやはり自分は人生においても仕事においても経験が足りない。
そして、上総に次いで総合二位の兄を持ち、直属の上官である南波には一度たりとも認めてもらったことがない。今だって、逢坂の分析がなければ何も出来なかった。
「もう辞めよう、きりがいいし」
ここ最近、昴は隊長を降りようかと本気で考えていたが、それが今日決意が固まった。
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