深くを知るが故
午後六時。特務室の全体会議。
「はあ、なんとか間に合った」
出張へ出掛けていた相馬が、急いで会議室へと戻って来た。
「戻るの明日じゃなかった?よく帰れたね」
「そうだったんだけどさ、今朝突然特務室の会議があるってメールが来たから気になって。そんなに急に話し合うことなんかあったか?」
相馬の言う通りだ。緊急会議を行うことはたまにあるが、大体はなにか事件が起こった際に行われるもので、しかも今回は会議の内容すらまだ知らされていない。
「皆、急に集まってもらいすみません。今日は会議といいますか、皆さんに知っておいてもらいたいことがあります」
会議室の前方で、久瀬が立ち上がり口を開いた。
「すみません。遅くなりました」
すると、会議室の扉が開き有坂渉が姿を見せた。
「有坂特尉……?」
「諜報部は呼ばれてないよな」
特務室の隊員は、いったいこれからなにが始まるのか困惑した表情を浮かべている。
「……これは、もしもの話なんですが。今後ISAが解散する事態に陥った場合、隊員や非戦闘員、病棟や研究所など全社員の今後は法務省が面倒をみてくれることになっています。ですので、なにがあろうと心配しなくて大丈夫です」
突如、久瀬が話し出した内容は突拍子もないことだった。ISAが解散したら?なぜ今そんな話をしなければならないんだ。
だが、そんな疑問すら吹っ飛んでしまうほどの衝撃的な言葉を、久瀬はあっさりと口にした。
「ですが……。特務室、戦術部、技術部の各隊長、諜報部有坂。そして私は、ISAの解散と同時に命を絶つことになっています」
隊員たちは皆頭が真っ白になっていた。まだ、久瀬の話している内容について行けてさえいないのに、命を絶つだなんて……。なにか大きな問題でも起こったというのか。
「戦術部と技術部の隊員たちも、今頃説明を受けているでしょう」
「あ、あの……。久瀬将官、ISAはなにか危機に陥っているのですか?近いうちに、解散に追いやられるような状態にあるのですか?」
隊員の一人が投げ掛ける。ここにいる誰もがそう感じ、そして表情を曇らせていた。この五人を除いて。
「いいえ。今現在、特に危機に陥っているわけではありませんので、その点は安心してください。ただ、何事もなくこのまま時が経過したとしても、少なからず十年以内には私自らここを解散させるつもりです。私たちは大きくなり過ぎてしまってはいけない。国家を護りつつも、その分危険に晒してしまうことに成りかねません。短期間でやれるだけのことをして、ISAから巣立つ君たちに未来を任せたいのです」
依然、上総たち四人は一切微動だにせず目線さえも動いていない。その姿に、会議室の中は次第に静まっていく。
「……命を絶たなければならない理由。それは、私たちはあまりに多くのことを、そして深いところまで知りすぎてしまっているから。そしてそれは政府相手に流していい情報とは限らない。欲にまみれた連中がこの情報をどう利用するかなんてわからないし、他国に漏洩してしまうかもしれない」
法務省も知らない、ISAしか知り得ない情報は多々ある。それなのに、それ以上に重要な情報を彼らは知っている。そして、それは政府にすら流してはならない情報。
「私は、事前に話しておくべきだと判断しました。都築たちが急にいなくなってしまったら、やはり皆は混乱するだろう。それは十年後かもしれないし、もしかしたら明日かもしれないから」
その言葉に、隊員たちは再び言葉を失った。何事もなくても、結局は解散することになる。それでは、彼らの命は少なくともあと数年しか残されていないということじゃないか……。
「今までも、そしてこの先も。彼らは君たちに対し全力で指導をしていく裏で、君たちには絶対に話せない機密事項を抱えています。その事に対し、少なからず疑問を唱える者も出てくるでしょう。しかし、なぜ話すことが出来ないのか理解してもらえたかと思います。……そして、どうですか、覚悟はありますか」
久瀬が上総らに投げ掛ける。その言葉を待っていたかのように、上総を筆頭に四人は右手を掲げた。
「もちろんです。この国の未来のため、そして隊員や社員たちの未来のために、どうぞお好きなようにお使いください。まさに本望です」
「わかりました、ありがとう。では、これにて終了です。お疲れさまでした」
久瀬は次の会議があるため、急いで部屋を出て行った。だが、隊員たちはまるで動こうとしない。
一息ついて、上総が歩き始める。それに続いて三人も動き出した。その姿を横目に、隊員たちはなんとも言えぬ思いでいたが、そんななか、相馬と和泉が後を追った。
「……あの」
声を掛けると、そこには上総と有坂の姿があった。
「私は、嬉しくありません。みなさんの命と引き換えに生かされるなんて納得いきません」
和泉は少し伏し目がちに、それでも必死に訴えかけた。今まで背中を向けていた上総が口を開く。
「俺たちはただ、他国に対する情報漏洩を防ぐために行動するだけだ。だから、お前たちはなにも気にすることはない。俺たちは、政府に勝手な行動をさせないために、欲にまみれた未来にならないよう、自らと共に情報を消すんだ。いくら国にとって、それが大いに役立つものだとしても」
「私たちの握っている情報は、もしかしたら今後この国にとって大きな発展に繋がるものかもしれません。しかし、急に大きな情報を手にしたところで、人がそれについて行きません。理解出来なければ悪用されます。上辺だけ秀でていても必ず見破られます。そうしたら、もうこの国はおしまいです。主要各国からうまく利用され、気がついた時には怖ろしい結末になっているでしょう」
もはや、相馬と和泉はなにも発することは出来なかった。これだけの覚悟を持っている彼らに、自分達は意見する権利はない。
「……その日は、本当に明日かもしれない。いつ来てもいいように、その日に備えて出来ることは出来るうちにしているんだ。だから、変な時間にメールを送っていたり、会議中に別の仕事をしていたり、健康管理もままならないうえそれを改善しようともしない。お前たちは、ずっとそれを疑問に感じていたんだろ?」
ISAが誇る隊長たちは、自分たちの想像を越えたとてつもない覚悟を持って生きていた。それは、この組織や国にとっては必要な覚悟だったが、彼ら自身はどうなんだ。本当は怖いのではないか。無理矢理自分を押さえ込んでいるのではないか。
そんな想いを読み取ったのか、上総は再び口を開いた。
「お前たちだから言うけど、俺たちがこの地位にいるのは、ただ単に功績を残したからだけじゃない。俺と有坂は、命というものに対する思いが人並み以下だ。もし、俺たちの後を完璧に継げる人間が現れて、その上で今すぐ死ねと言われたなら、なんの迷いもなく死ぬ。上に立つ人間は、あまり生にしがみついてはならない。俺たちの肩書きは、いざというときに利用するためだけのものだ。上であればあるほど犠牲になる確率が高い。命に対して関心のない人間は、まさに最終手段にうってつけなんだよ」
相馬と和泉は、彼らの話していることが嫌というほど理解出来た。わかっているさ。上に立つ者は、いざというとき自らを犠牲にすることなど厭わない。
「俺は自分の人生とか未来とか、そんなものにはなんの希望も持っていない。ただ与えられた仕事をこなし、ただ毎日を生きているだけだ」
そう言い残し、上総はその場を去ってしまった。その後ろ姿を、相馬と和泉は複雑な思いで見つめていた。その様子を確認して、有坂が声を掛けた。
「……一佐はああ仰っていますが、むしろ一佐は部下のこと、そして第一部隊の未来のことを一番に考えておいでです。一佐と私が自分の命に興味がないというのは事実です。ですが一佐は、特に相馬一尉と和泉一尉が出来るだけ早く一佐の後を継げるよう、様々なところで邁進しておられます。任務の際も、我々諜報部に自分のことよりも部下たちのことを優先してサポートしてくれと毎回のように仰られます。一佐は、いつ命を落としてもいいと思っているわけでありません。皆さんのためなら喜んで、そして自分の身を削ってでも部下を護って助けてやれるのなら、いくらでも差し出すと仰っているんです」
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