第56話
「だ……ダメです……ダメなんです……!」
「何がだよ、大門! 一体何なんだ!? お前はあいつを追ってたんじゃ……!」
「とりゃあー!」
ゴムッ!
「ぐう!?」
貧弱な打撃音。
剛迫のラリアットが、女性の首を捉えていた。
しかしそれなりにダメージはあったようで、女性は後退して二、三度咳き込む。
「剛迫オオオオ!? お前何やってんの! お前戦闘要員じゃないでしょ!」
「かといってこの状況で何もしないってわけにもいかないでしょうが! このまんまじゃ全滅よ! この場所に安全圏なんて無い……!」
「!」
大門が素早くクナイに手を伸ばしたのを俺は見逃さない。
「やめろ!」
俺は大門の腕を掴んで制止した。罵倒の一つでもかけたくなったが、大門の表情を見てしまうと喉奥で詰まってしまう。
弱弱しい。
刺激すれば弾けてしまう、僅かな気泡のように弱弱しい。
ここまで大門が矛盾した行動を取るとなると。
出発前の石川さんの言葉を思い返してしまう。
「まさか、大門。あの人って」
「……ごめんなさい、大丈夫、だと、思ってました」
大門の顔が、くしゃっと歪む。
「でも、やっぱり、ダメ、でした……。や、やっぱり、あの人は、あの人は……!」
「親心子知らず。親がどう思っていようと、子は勝手な幻想を抱く。貴女がいつか来るとは思ってましたわ、璃虞」
トス。
軽い音と共に、誰かが目の前にいるのを聞く。
「!」
奥にいるのは、金縛りにあって倒れた剛迫。そして目の前にいるのは、女性だ。
近くで見れば見る程、人間性というものが伺えない瞳を持っている。
フランス人形っていうやつと似ている。限りなく綺麗なのにどこか不気味な虚無そのものを映した瞳。深淵、と喩えてもいいだろう。
「来たら儲けもの、くらいには思ってましたが、ここまで私に尽くしてくれるとはほんの少し評価して差し上げても構いませんわね、璃虞。ま、だからといってどうともしませんけど」
「……!」
「単なる小娘として排除させていただきますわ。抵抗はしませんよ……」
「待て」
腕を握る。
睨む。
「お前、大門の母親なのか?」
「ええ、そうですけど。それが何か?」
背中が寒くなった。
意識が遠くなった。
何か違うものに、体が乗っ取られたような気がした。
「あの顔」が浮かんで来る。
俺の「傷」が、一斉に疼き始める。
ほんの冷静な一かけらの理性が言う。嗚呼。
こりゃ、駄目な奴だと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます