第57話
星見 人道のみを警戒していればよかった。
その目論見だったSHITSのメンバーにとって、その青年の放つ憎悪の桁は恐怖でしかなかった。
「お前、羽食って奴なんだな?」
まるで、万年の敵を見ているような死に絶えた眼は、彼らのリーダーをも凌駕する。
一体どんな経験をすれば、こんな憎悪を発せられるのか?
彼らは各々の人生と照らし合わせ、冷や汗を流す。
青年の声は、静かだ。しかし地を這う怪物のように、彼らの耳に届く。
何者だ、この男は?
「ええ、そうですわね。羽食 あたりと申しますわ」
「もう一度訊くぞ。お前は大門の母親なのか」
「ええ」
淡々と質問を返すリーダー。
淡々と質問を重ねる青年。
その構図はしかし、構成員たちの鼓動を激しくさせる。
「……何とも思ってねえのか、娘を」
「あら。よそ様の家の事情に踏み込むなんて無粋な子ですわね。でも、いいでしょう。答えてあげますわ。私はそんな子のことを何とも」
憎憎憎憎憎!
純粋化された殺意の色が、一撃と成って羽食を襲う。
「はあ!」
Sが瞬時にその動きを金縛りで止めた。
だが、金縛りにあってなお、その体は動き続けていた。振動する怒りの化身のように、その身を震わせて動き続けるその青年の前に、構成員たちは恐怖を覚える。
何だ、何だこの男は?
何者だ――何があったんだこの男に!?
「……こ、の、クソ、女、が……!」
「何なんですの、貴方は一体。その子の彼か何かですの?」
「似、てん、だよ、お前、は……! あいつ、よか、まし、だけど、な……!」
「……?」
この目で、何を見ている?
こんなにも強い憎悪を宿した目は、過去に何を見た?
羽食の足が、半歩後ろに下がる。この異常な感情の奔流に流されたかのように。この男は一体!?
「羽食様! た、大変です! 先ほど入った情報です!」
と。
この中に飛び込んでくる構成員の声。
その声で心をリセットした羽食は出来るだけこの青年から離れるようにして、その構成員の方に歩み寄る。
「どうしましたの、一体何事ですの? 今この時がどんな時かわかって……」
「も、申し訳ございません! しかし……緊急事態です! ベス様が、脱走しました!」
「……!?」
羽食の顔に、あからさまな動揺が生じた。
構成員の9割――ともすれば幹部たるSとHさえ見たことが無いであろう動揺の顔に、構成員たちにどよめきが走る。
羽食はちらと、既に無力化した敵たちを見やる。
「……こんな木っ端如きにわざわざ人数を割いたのが私の失策ですわ。どうせ彼らの目的と私の計画は一致します。今すぐ、全員で捜索にあたりますわ!」
「ぜ、全員ですか!? あの者達は捕らえなくてよろしいので!?」
「構わないと私は言いましたわ。それに……また私の「盾」が動いてくれるか分かりませんわ」
報告した男は、羽食の背後を見て目を丸くし、冷や汗を垂らす。
星見 人道は今にも戒めを解き放ちかけており、青年も獣のような表情で全身を駆動させている。
「女の子達はともかく、男たちはベスの力が無ければ完全な封殺は不可能と見ますわ……。とにかく、一人でも多くの人出をそちらに回しますわ! 無論、私も出ます! 一刻でも早くベスを!」
「羽食様、よろしいので? 私の力でこの者達程度なら」
Sが杖を突きつつ言うが、羽食は厳しい視線を向ける。
「それよりもベスが優先です! どうせ彼らは放っといてもかかってきますわ、いつでも捕まえるチャンスはあります。今はベスです!」
「……畏まりました」
Sは忌々し気に4人を見やると杖を床に付け、テレポートをする。
羽食はハイヒールを鳴らしながら、SHITSの構成員と共に会場を後にする。
その背中に受けていた娘の泣き出しそうな視線に、一切目をやらぬままに。
「お母さん……」
絞りだした声にも耳を貸すことなく、羽食はロケットを開く。
「ごめんなさい、あなた。もう少し、お待たせします」
母は、会場から消える。
娘の零した涙に、目もくれぬままに。
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