第55話
「何者だ……とは、無粋な質問よなぁ。ワッハッハ、これほどの歓迎を受けるとは誠に頭が下がる」
星見さんが、ぺき、と指を鳴らした。
既に臨戦態勢に入っている星見さんを前に、女性は笑う。
「星見 人道さん……でしたわね? ふふ、貴方ほどのお方がいらっしゃるとは予想外でした。もしも機会が違えば、お食事にでも誘いたかったのですが」
「ワッハッハッハ、いいのう、貴女程の美人にお酌してもらえばさぞや酒も旨かろう。が、残念。その味は味わえんだろうな」
星見さんの体に、傷が浮き出る。
張りつめた空気に、邪な流れが生まれる。
SHITSのメンバーすらどよめくその姿は、無数の悪霊が取り巻く魔人の姿。
「生憎と我は勝利の美酒の方が好きなのでな」
「……」
この人が味方とは信じたくない程に禍々しい姿を前に、構成員はおろか、Sすらも冷や汗を垂らす星見さんの本気の姿。通常ですら呪術をかき消すほどの気迫を持つこの人が迫ってなお、この女性の空気は乱れない。
まるで感情の全てを抉り取っているような――虚無の瞳。
普通の人生を送っていない、普通の考えを持っていないと確信させる異常なまでの普遍。
星見さんは悪霊を宥めるように軽く足を鳴らすと、口元から紫色の吐息を発する。一触即発――激戦を確信させる。
「手間が省けるというもの。手合わせ願お――」
「ま、待って! 待って下さい、星見さん!」
と。
星見さんの前に立った影は――
「大門!?」
「大門ちゃん!?」
大門が、両手を広げて星見さんを制止しようとしていた。
今の緊張に鈍った頭でも、この状況が明らかにおかしいのは分かる。
目の前の女性は相手の最重要人物ではないのか?
星見さんをここで制止する必要なんて無い――むしろ超能力をインチキ気迫で無効化出来るこの人を止めるのはマイナスにしか働かないはずだ。
それを、エージェントたる大門が止めている。
一体何のつもりだ、何があったんだ。
疑問について考える余地もなく、
「嬉しくはないけど、まあちょっとは役に立つわね、璃虞」
大門の背後に、女性が立っていた。
瞬間、星見さんが反応する。床を大きく鳴らし、距離を詰め、悪鬼羅刹の形相で女性に迫る。
『『『憤ッッッ!!』』』
「!」
が。
その一撃を受けたのは。
「自ら」前に出た、大門だった。
「な!?」
「……! ……ッッァッッ!」
星見さんといえど、瞬時に割り込まれた人間に攻撃を当てないことは出来なかったのだろう。
強烈な一撃の入った大門はその場に崩れ落ちた。
「な、何故だ!? 大門嬢! 何故自ら割って入った!?」
「そんなのより自らの価値ある身を心配した方がよかったように思いますわ、星見 人道さん」
味方に、一撃を加えてしまったという致命的な心の揺れに、この女性は付け込んだ。
手を星見さんの頭に付け、そこから緑色の光を発する。
「く!?」
「星見さん!」
星見さんの巨体が揺らぎ、膝を突く。全身の筋肉がびくびくと痙攣し、肉体が呪詛に抗っているようだ。
「呆れますわね、直接流し込んでも完全に止められないなんてまるでクジラですわ。ですがもう一発くらいなら……」
「待てェ!」
体が弾かれた。
星見さんがこの有様なら、もう俺がやるしかない! 例えこの人数が相手でも、何とかするしかない。
体育の成績は万年3だったが、それがどうした。今はそんなの言ってられない。
だがこの女性に向かって走った俺を止めるのは、
「……!」
大門が、俺に組み付いた。
「大門!?」
星見さんの一撃を食らったのに、尚も体を動かす執念。あまつさえ俺を押し倒すだけの膂力。
息も絶え絶え、口からは涎が垂れ、目には涙が浮かんでいる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます