第54話

 俺たちの本来の目的は、この「禁断のクソゲー」をクソゲーバトルで使用不可にすること――。それが為された今、やることは一つ。

 SHITSの幹部・Hの捕縛だ。


「さあ、禁断のクソゲーは潰しました! 今こそ! Hを拿捕しますよ!」


 ざらり、と金属音を立てて、大量のクナイを指に挟む大門は席から瞬時に立ち上がった。

 壇上では戦後の処理がもろもろ行われつつあり、Hは事実上拘束されてる状態にあると言える。超能力を使ったいたずらな混乱など望んではいないだろう。


「よし、行くぞ! 我がこざかしい手品を封じる! お主が捕らえるのだ! 一鬼は剛迫を守れ!」

「ああ!」


 俺達は最前列から躍り出る。この幹部さえ捕らえれば、状況はかなり有利になる。Hはそこで俺達に気づいた様子で杖を握るが、


『『『『喝ッッッッ!』』』』


 Hは突如発生した爆音に怯む。その隙を、大門の眼は逃がさない。身を翻してクナイを整え、


「でやあ!」


 三本のクナイが、Hの杖を襲った。

 怯んでいたHの握力程度では、三つの鉄塊の直撃を抑えることが出来ないようで、杖を弾き飛ばす。杖は宙を舞い、ステージの遠くへと転がる。

 明確な焦りが顔に滲む。

 俺達は足を、ステージにかける――拿捕だ!







「このエジプトでそう上手くいくとお思いにならない方がいいと思いますわよ、皆さん」







 ブツン。


「!?」


 暗転。暗闇。

 停電の前に聞こえた、歓声の中を通り抜ける声が、耳に幾度も反響している。


「何事か!? 停電とは!」

「な、なな、何ですかこんなタイミングで! 一体何が!?」


 突然の停電に会場は、アラビア語でもわかるくらいに騒ぎになっていた。どよめき、スタッフへの怒号も上がり、パニックの予兆も見えたが、その中には「悲鳴」も混ざっている。


「……!?」


 目が慣れない、暗闇の中。

 悲鳴の度にどよめきが減って行っているのがわかる。そして、冷静な足音もいくつも聞こえている。


「! え、わ、私もですかぁ!? ちょ、待って下さいってぇ! やめ……!」

「H!?」


 Hの声――直後に沈黙。

 その声を嘲笑うように、最初の声の主は言う。


「当然ですわ。貴重な貴重な、私達の計画のカギの一つを失ったのですから。日本にお帰りになって下さいな」

「何だ、何者だ!? く、目が慣れん……! 全員、一か所にまとまれ! 我の声の方へ!」

「ええ!」


 後ろから剛迫の声がしたと思うと、ドン!

 俺に思いっきりぶつかった。そのまんま剛迫は俺にしがみつくような形になる。


「あ、このあんまし筋肉無い感じは一鬼君!?」

「ああ、そうだ! 離れると危険だからそのままでいろ! あともっと胸元を密着させて心臓をガードだ!」

「手だけ肩に乗せるわ」

「ちくしょう!」


 かくして俺と剛迫はしゅっぽっぽー、な電車ごっこの構えになった。そして星見さんの方に向かう。

 そのころにはもう声はほとんど聞こえない――俺達だけが意図的に取り残されているような状態だ。


「一体何だ……! SHITSが本格的に動いたってことか! 大門! どこに……」

「……今の、声……やっぱり……」

「大門?」


 微かに声が聞こえた、その時。

 突然に、再び光が会場に戻ってきた。


「!」


 暗闇からの光の世界。視界がまともになると、そこに広がっていたのは金縛りになった観客たちとH。そして、十数人の杖を持った人間達。H達のようなコスプレじみた格好はしておらずにダークスーツを纏い、俺達を見下ろしている。

 そしてその中に、二人。周りとは違う人物が立っている。

 一人は、学校に侵入してきた男・Sだ。相も変わらずの大男で、その存在感・威圧感は、集団の中にあって軽く抜きんでる。

 だが、その隣に居る女性――

 その存在の圧は、そのSをも上回っている。

 軽くウェーブのかかった、艶のある黒髪。その辺で売ってそうなスカートにシャツという服装に似合わないグラマラスな体格。

 一見すると、近所の美人な人妻といったところだが、その身に纏う空気が明らかに違う。

 太平寺の冷たく、激しい圧とも違う。

 星見さんの絶対的な力を表す、雄大さすら感じるオーラとも違う。

 まるで容赦など知らぬ、戦闘機械のような無機質さと攻撃性を纏った雰囲気――それは、無数の怪物に凝視されているかのような、形の掴めない絶対的な危険性。

 間違いなくこの人こそSHITSにとっての重要人物だと確信させるほどの何かが、確かにあった。

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