第33話
ゲーマーの足腰は、えてして重いものだ。
ゲームに必要な電源・モニター・ゲームハード。これらが確保出来る環境とは家の中に他ならず、夏休みはその天国の中でどっぷりとゲームにのめりこむのが基本ムーヴだと思っている。やりたくても出来なかったゲームを消化し、気に入ったゲームをやり込み、気になったゲームを買い込む。それは幸せの円環、アメリカ人なら糖蜜たっぷりのドーナッツにも喩えるであろうものだ。
他の生徒が旅行の計画を立てている横でゲームの計画を立て、脳内ではゲーム進行・パーティー編成・ストーリー内容の妄想に忙しくしているような輩は、そうそう遠出なんかしない。なぜなら遠出よりもはるかに広い世界がモニターには広がり、旅行よりもドラマチックな展開がその中には待っているからだ。
だからだろう、この違和感は。
エジプトが首都・カイロ。
そこに足を踏み入れた俺のこの感覚は、驚くほどにふわふわしていた。
「うおお……、が、外国!」
まさか俺も小学生じゃないから、エジプトに入ったらいきなりピラミッドが見えるなんて思っちゃいない。しかし、空港の中とはいえ、そこは既に外国だった!
見よ、周りに見える文字! 俺には到底読むことも感じることできないようなアラビア語! その下の旅行者向けの英語!
見よ、ガラスの向こうの町々! 広告は全く見慣れない! どんな商品やサービスなのか見当もつかない広告が雁首揃えてこの俺を待ち受ける! その好奇心刺激性能は限界突破だ!
感じよ、この地の空気! 満ち満ちるにおい、聞こえてくる他国語、肌に触れる温度!
ガイコク、がいこく、外国!
俺は今、外国にいる!
「キャー! ここが!」
隣に居た剛迫が歓声を上げる。
「ああ、ここが!」
変なテンションになった俺も、それに合わせて!
『エジプトだーーー!』
そして何故かハイタッチ! 意味不明なハイタッチ!
年齢相応! 今の年齢だから許されるハイテンションジャパニーズティーンエイジャーたちの姿がここにあった。
「やっばいわ、マジでエジプトよ! 見て見てあの広告! 何の広告かしら!」
「すげえ、エジプトだ! エジプトが止まらないな!」
「キャー、あそこ! あそこもすっごいエジプトっぽい! 見て、ピラミッド! ピラミッドの絵があるわ! エジプトよ!」
「メジェド様だ! メジェド様もいる! エジプト! エジプトだあ! すげえエジプティー!」
多少言語がおかしくなってるし、エジプト人からの冷めた視線が突き刺さるがそれはそれ! 再び剛迫と向き合って、
『メジェドーーー!』
ッパアアン! ハイタッチがさく裂した!
外国に来て、もう俺たちのボルテージは最高潮! 誰にも止められないぜ! そんな気分だったが――
『『『『喝ッッッッ!!』』』』
空港中に轟く、巨大な咆哮のような怒声。
エジプト人もびっくりのこの大音量を発した人間を、俺たちは知っている。
「お主ら、はしゃぐのは大いに結構だがあまり我から離れるでないわ!」
全身に纏ってる黒いスーツ、真っ黒なサングラス。そして圧倒的、ただ圧倒的な筋肉量。その豪傑の前に、俺たちと同じ飛行機に乗り合わせた人たちは道を開けていた。もしも俺たちもこの人が知らない人なら、同じ反応をしていただろう。
何故なら、星見さんは今……
「わ、我を……運ぶのに……大門嬢一人では、重すぎる!」
足腰が立っていないからである。
スーツ姿の巨体で大門の華奢な体に寄りかかり、大門は健気にもそのヘビー級の体を支えようとしていた。ずるずると引きずるように歩いているその姿はとても痛々しい。
星見さんの顔色は、真っ赤。鼻の先までまっかっか。
要するに、ヘベレケ駄目親父そのものだった。
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