第28話

「のう、羽食。我が思うに、だ。我とうぬら人間――特に今の人間には、かなりの隔たりがあるように思えるのう。いい加減我の要求を呑んではくれんのか?」

「と、申しますとなんでしょう?」

「うぬら「しっつ」以外の人間に会わせろと言うておるんじゃよ」


 怒りは無い。苛立ちも無い。不満げでも無い。

 およそ人間らしい感情の一つも、その声からは読み取れない。だからこそ、感情が読めずにやりづらい――羽食は、ゆるりと大き目のスカートの裾を強めにつまむ。


「それは出来かねますわ、ベス様。どうかご理解のほどを。貴女様の存在をいたずらに世に広めることは、御身を危険に晒すことに」

「ああ、なるほど。「しっつ」にとって不都合だということか。最初からそう言えばわかりやすいのじゃが、何故そう無駄に繕うのかの」


 慣れない。女児の姿を勧めたのは羽食自身だが、本能的にこのアンバランスに屈辱を感じる。


「それに誤解をするでないよ、羽食。別にうぬらが嫌いだというわけじゃあない。じゃが、我はどうもうぬらの話が偏っているように聞こえての? 違う人間との対話をしてみたいのだ」

「!」


 動揺。しかし、瞬時に呑み込んで抑え込む。


「かしこまりました。では、第三者を連れて参りましょう」

「我を侮っておるのか? 稚拙とも言えぬ稚拙に過ぎた提案をするでない。人間は相も変わらず、すぐに姦計をはたらこうとするな」


 咎めていると、言葉の中身だけで理解出来る。語気に変化は無い。


「のう羽食。我はうぬらのことを邪魔しようとしておるわけではない。ただ、本当に単純に「知りたいだけ」だというのを分かってくれぬか。だというのにそんな反応をして猜疑心を募らせるような真似をされると」


 カタンカタン、と羽食の両脇から音がする。

 眼を走らせると、二つのゲームソフトが空中で急速回転して迫ってくるのが確認できた。


「……!」


 かわす隙すら無く、ゲームソフトは羽食の首を挟み込むようにして、そこで停止する。生まれた動揺を隠しきるのに、時間を要する。

 そんな様子をベスは見ることすらせず、淡白にロードを待っていた。


「――我はなんだか騙されているような気になる」

「……」

「うぬ一人で答えを出せるようなことでもなかろう? 時間はやろう。ただし悠長には考えるな。いいな羽食」

「はい」


 羽食は両脇のゲームソフトが離れていくのを目で追ってから、見られることもないお辞儀をしてから身を翻す。そして部屋を出る直前になり、背後に視線を感じた。

 何の気も感じない、無知に過ぎる赤子のような。

 善でも悪でもはかれない、まさに超常の存在を背中全体で受ける。


「失礼します」


 ドアを閉めるときには、もう視線は消えていた。まさに一瞥、というものだったのだろう。羽食はそのドアを背にし、胸元に提げていたロケットを開いた。

 こんな日々も、「この人」の為に受け入れられる。

 この人を奪った世界を、正すために。自身は進み続けるだけ。


「待っててね」


 硬いヒールが床を突く音が廊下に響く。

 その一歩一歩が、ゲーム業界の破壊と創造の胎動だと、信じる女。

 羽食 あたりは、ロケットだけを見つめていた。


「もうすぐ、だから」

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