第22話

「無理に決まってるでしょう。そりゃあ、一鬼君とだけなら一考には値したけど、アレとなんか知性の低そうなコスプレ娘と一緒なんて、エジプトに着く前に胃に穴が開いて古典的なチーズみたいになってしまうわ。それにわたくしが何とか我慢してもアレは無理でしょ」

「デスヨネー」


 正直知ってたけど、ちょっとがっかりだ。戦闘能力とクソゲーの耐性を兼ね備えた人なんて、そうそういやしないのに。


「でもね。わたくしは、嫌だと言うからには代わりをちゃんと提供するわ」

「え?」


 太平寺は、ふとワイシャツの胸ポケットに手を差し込んだ。

 そこから取り出したのは、胸ポケットに入れるのにはいまいち苦しいサイズの鈴である。表面にはお札のようなものが貼ってあり、既製品には無いオーラが漂っている。


「これを貸すわ」

「なにこれ?」


 俺は掌で受け取った。太平寺の体温で少し生暖かい。

 胸ポケットに入っていたモノが、生暖かい。

 胸ポケット。生暖かい。


「ああ、代わりってそういう……。ありがとう、理解した」

「まだ説明してないのだけどナニを思ってるのかしら」


 太平寺の目だけが永久凍土と化した。くそ、色気たっぷりだけど貞操観念はお強いようで。


「それは今の貴方達に必要な「ある人物」を召喚するためのアイテムよ。その鈴をある言葉とともに振って鳴らせばその人が来るわ」

「来る……え、連絡取れるとかじゃなくて来るの?」

「ええ。しかも上から来るわ。鳴らすときは屋上をおススメするわよ」

「何で上から!?」

「さあ? でも毎回上から来るわ。屋根とか軽く破壊してくるから気をつけて」


 さらっと超重要な説明をするなあ。ここで鳴らしたらまずいってことか。


「その人は必ずや貴方達の役に立ってくれる人よ。あの女の役にも立ってしまうのは癪で仕方ないけど、今回の貴方の目的の最適解ともいえる人。無論、わたくしが直接一緒に行くのがそれ以上の最適解だけど今回は仕方ないからそれを貸すわ」


 太平寺がここまで認めるほどの相手だと? 一体誰なんだろう、よほど徳を積んだド聖人か何かだろうか。

 鈴を渡した太平寺は、すいっと氷上を滑るように出口の方へ足を向ける。


「それじゃ、せいぜい頑張りなさいな。わたくしは部屋でゲームを作ってるでしょうけど、スマホはなるべく見るようにするから。何かあったらわたくしを頼りなさい」

「あ、ああ。まあ、節目節目で安否くらいは連絡するよ」

「どんな小さなことでも言いなさい」

「……う、うん?」

「外国での常識とかマナーとか体の不調の相談でも、子守歌が聴きたいとか桃太郎の読み聞かせが聞きたいとかでも、24時間態勢で乗るつもりよ。時差とか気にしないで、いつでもかけて来なさいな」

「重い! 重いっす太平寺さん!」

「あらごめんなさい、本心を話したつもりなのだけど重いかしら」


 なんでもないことを言ったように涼しい顔の太平寺。

 我が子同然のゲームの為にあそこまでの行動を起こした女子だ。「好きなもの」に対する情がそれほどに強い人だとは知ってたけど、それがいざ人間に。そして俺自身に向けられるとその情の強さに胃もたれしてしまいそうになる。いや、嫌じゃあないんだけどね?


「それほど貴方はわたくしにとって大切ってことよ、一鬼君」


 見返り美人、という言葉がよく似合う、血も凍るような色気をたたえて太平寺は俺を見つめる。


「旅の無事を祈ってるわ。くれぐれも、ご自愛の精神を忘れないでね」

「ああ」


 太平寺は一歩踏み出して、


「本当によ」

「は、はいはい! 頑張ってみます!」


 太平寺はどんでん返しに手をかけて、


「下着は余分に持ってね」

「下着の心配までいいから!」


 太平寺はどんでん返しをひっくり返し、ようやくフェードアウトした。やれやれ、俺は幼稚園児か。どこまでも心配され……


「お薬は各種そろえて持ってくのよ」

「もういいよ! 保護者ですか!? 保護者ですか貴女は!」


 こうして最後まで心配しながら太平寺は去って行った。しかしこうしている今でもどこかで見ているような気がするからつくづく恐ろしい女子高生である。


「終わったかしら?」


 と、後ろから、少し不機嫌そうないつもの声が。

 剛迫が掛け軸の裏から、顔だけを出している。

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