第9話

「わあ!?」


 何者かが、下から床を突き破って来た。しかも出てきたのは人の手で、その人間が素手で床を突き破って来たことが分かる。

 そのまま床を掴んで這い上がってくる――周りの瓦礫を砂糖細工のような感覚で破壊しながらよじ登る様は、さながら墓から復活するゾンビか、召喚された悪魔とでも言うべき光景である。

 そして出てきた人間は――


「クックック、突然済まないね、子犬のつがいよ。まあ、ユーモアに乏しいおじさんのちょっとしたおふざけと思ってくれれば幸いだね」


 鬼。悪魔。悪鬼羅刹。大魔王。魔人。

 恐ろしい存在を表す言葉をいくつも並べて、ようやくこの人のことを表現できる。

 身長は恐らく2メートルを超えている。体は痩躯であるが筋肉が相当に絞られているのだろう。その身には上等なスーツを纏っていて、破壊行為をしたにも関わらずネクタイのズレ一つ、チリ一つすら無い。

 そして、顔。

 顔が何より恐ろしい。

 整ってはいる。整ってはいるんだが、どこからどう見ても悪人面。完全に敵サイドの幹部か首魁の顔。その顔に金属を捻じ曲げたような微笑みを浮かべている様は、否が応でも警戒心をマックスに引き上げる。

 そんな男の突然のエントリーに剛迫は、


「何で最近の大人って普通にドアから部屋に入れないのよ! 最近のビジネスマナーか何かなのかしら!?」

「最初にそんな文句が出るお前の胆力はどうなってんだよ」


 っていうかこの部屋、秘密のはずなのに他人に入られ過ぎてないかと。

 そんな俺達を尻目に、大門は目の前の男の前に立ち、慌てふためいた裏返った声を出す。


「い、いいい、石川さん! な、何故ここに!? あ、あの、さっきの話は、その! そう、最近若者の間で流行中の音楽の歌詞でありまして!」

「ほう、最近は随分生々しい曲が流行っているんだね。クックック、最近の若者の感覚は早熟なようだ。焦りに焦って実らせた果実は、得てしてよろしくないものだと思うがね」

「一鬼君どうしましょう。また濃いキャラが来たわ」

「俺に訊かないで」


 別に怒っている風でも無く、素で面白そうにしてるのが何とも。しかし顔と声と雰囲気と行動の恐ろしさが得も言われぬ圧を生み出していて、確かにこの人が上司だと辟易しそうだ。


「それに、何故、とは愚問だね、子リスよ。私は玉座にて髀肉を溜め込む王に非ず。ただ可愛い部下を使役出来るだけの走狗に過ぎない。――剛迫 蝶扇を狙うSHITSの拿捕は私が命じ、その拿捕は失敗した。なればこそ、命じたこの私自らが説明するのが筋というものだろう」

「は、はは、はい! あの、すいませんホント! ありがとうございます!」


 何かいちいち回りくどいし言い回しがすげえめんどくさい人っていうのは分かったが、言っていることには好感が持てる。入り方には大いに問題がありすぎるが、少なくとも部下に責任を押し付けるような人ではないということだ。

 石川さんは俺達に向き直ると、大袈裟な所作で頭を下げる。


「挨拶が遅れたね、私は石川。国際電子遊戯警察、実働部門の部長をしている者だ」

「……あ、ご丁寧にどうも。俺は一鬼 堤斗って言います」

「私は剛迫 蝶扇と申します」

「ん、良い挨拶だ、ありがとう。――さて、まずは我々の失態を改めて詫びよう。そもそも奴らに「普通の手段」が通じない、というのはこれまでの歴史が証明していたのだが、無理を通そうとしたのは私だ。混乱を呼んで本当に申し訳ない」

「いえ、けが人は出ていないことですし……。大丈夫ですよ」

「ああ、今のは一応の儀礼的な謝罪だ、そう本気で受け取らなくてもいい。私もどうせ本気で言っていない」

「オイ! やっぱりクソ上司じゃねえか!」

「一鬼君ツッコミに回ると容赦ないわよね!?」

「クックック、いちいち失態に本気で反省なんかしてたら心がもたないよ。ストレスの処理能力は適当さと知り給え、子犬のつがいよ」


 とりあえずあんまり畏まらなくてもいい人ってのは分かった。大門は死にそうな顔でその場に立っているが、石川さんはソファに無断で腰を下ろす。なんだやっぱりクソ大人じゃないか。


「さて、じゃあまずは全ての話の根幹になるであろう「今の状況」から話そうか。子リスは、世界中のゲームがクソゲーにされる、と言ったね?」

「ええ、そうですね。それがまず一番知りたいっす。一体何でそんな

ことが起こるのか?」

「世界中のゲームをクソゲーにする。「それ」は一体どうやって引き起こす、と思うかね」

「え」


 質問の中で質問を返された。しかし、真面目に一考する俺達。

 確かに、言われてみればそんなの不可能にも等しいことだ。

 世界中のゲームをクソゲーにするとはつまり、世界中から良ゲー・凡ゲー・バカゲーに至るまでを排斥するということ。しかしそんなこと、既にデータ化などもしている以上、不可能にも近いことだ。

 クソゲーを流行らせるという意味ととっても、そんなの無理に決まっている。理由? 言う必要があるか? クソだからだよ。クソが流行るか。

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