第10話

「まあ、普通に考えたら無理ですよね……。世界中には数えきれない数のクソゲー以外のゲームがあるんだから。それにこれからも生み出せるし」

「そうよね。流石にどんな大富豪でも、不可能よね。よっぽど、文明をリセットしてゼロからやり直すとかしないと」


 クソゲーに染めたい為に世界を破壊するとか一体どんな狂気だと返したいが、剛迫の言う通り「そのレベル」だ。世界を作り替えるくらいじゃなきゃ、そんなことは起こせない。


「そう。普通なら絶対に不可能だ。しかし、これは戯言じゃないと思って聞いてほしい。もしも、『神』に願えばどうだ?」

「神?」

「神様だ。もしもゲームに神様がいて、その者に願えばどうかね」


 ゲームで神様と呼ばれる存在なんて凄腕プレイヤーくらいしか思いつかないが、また一考して、


「まあ……そのくらいなら、そのくらいすれば、出来るかもしれませんね。でもファンタジーじゃないんですからそんな――」

「そう。だが残念なことに、その「ファンタジー」は現実のものなのだ」


 笑顔が消えた。真顔になった石川さんは、ここで初めて仕事をする大人としての顔になる。

 からかっているわけでも嘘をいうわけでもない。真実だけを話そうとする大人の顔だ。


「私も真面目に話す。真面目に受け取ってほしい。――その「神」は、いる。遠く離れたエジプトの地にな」

「え……」

「エジプト?」

「そう。その名は、『ベス』。娯楽の神としての面を持つ神だ」


 俺と剛迫は顔を見合わせ、互いの知識を共有しあう。そして出た結論は。

 誰だそれ? であった。





 アヌビス神。バステト神。太陽神ラー。

 エジプトにはゲームのキャラクターや用語にバンバン用いられるくらいにメジャーな神様がいっぱいいるが、ベスというのは初めて聞く名前だ。

 そもそも、娯楽に神様がいたっていう話が初耳なことで、その困惑を石川さんはくみ取ったように笑みを見せる。


「まあ、知らなくても無理は無い。クックック、無知の恥は既知を繕うが故に生まれるものだ。だから知らなくても恥じゃないよ。プークスクス」

「その声と顔でプークスクスとか言うな! っていうかホントにどなたなんですかその神、全然知らないんすけど」

「民間に伝えられていた神様の一柱だが、あまり信仰が広まらなかった、マイナーな神様だ。だがこの神には先ほど言った通り、「娯楽」や歓楽の神としての側面がある」


 石川さんはそこまで説明してから、わざとらしく一つ息をつく。


「――まあ要するに、その娯楽の神様を擁する集団こそがSHITSということだ。つまり、悪い集団が神様を使ってクソゲーだらけにしようとしてるわけだよ」

「なんか急に適当になったわね!?」

「このくらいかみ砕いてもいいような情報だよ。簡潔が一番だ」


 石川さんはまた不気味な微笑みを張り付けたままだが、俺の――いや、恐らくは剛迫も、内心は複雑だ。

 神様。いきなり出てきたそんな超常の存在を信じろというのか? そんな眉唾物の敵と戦っているという眉唾物の人達の話に俺達は巻き込まれているのかと思うと騙されている気になってしまう。

 そして石川さんは、人の心を読む悪魔のように俺達の内心を察したらしく、「信じられないようだね」と一言。


「その気持ちもわかる。事実は小説より奇なり。などとは言わない。しかし、君たちも体験しただろう? 彼らの超常の力を」

「……ま、まあ……」


 そう言われると、信じるしかなくなってしまう。

 瞬間移動に、念動力。天候を操るような能力。いずれもSFやファンタジーの中の出来事で、そんな力を操るものが神様を擁している、と言われても逆に腑に落ちる。神様なら仕方ないな、と。


「私は、信じるわ」


 と、剛迫が真っすぐな眼で。


「あんなの見せられたんですもの、正直言って、神様くらい関与してないと説明がつかないわ」

「柔軟なことだな、愛らしき子犬。私が嘘を言ってるとは思わないのかね」

「こんな嘘より嘘くさい話を嘘として言う人なんていないでしょうよ」


 流石のシンプル思考。しかしこんな事態の時は、これくらいシンプルな考えの方がいいんだろう。

 俺も正直、信じざるを得ない、というのは分かっている。心のどこかで拒否し、理屈をつけようとしても、既に起こった事実が心の口を縫い付ける。じゃあコレどういうことか説明できんの? と。

 出来やしない。悔しいが認めなくてはいけないのだ。妄言のような、こんな話を。

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