第7話
「やれやれ、また貴女ですか。こんなところまでご苦労様です」
「注意が足りなかったと反省した方がよかったですねぇ。この子はほんっとしつこいですから」
声の主は、廊下に立っていた。
何気ないことだが、その事実は何よりも衝撃的だ――。この子は、神官たちの魔法のような力を無効にしたのである。
「しつこいとは何ですか! そうさせているのは誰ですか! さあさあ、今日こそは逃がしませんよ、『SHITS』!」
そして教室に踏み込んできたのは……。目元だけを隠す仮面を被った女の子だ。
他校の――それも、恐らくはこの辺りの高校ではない制服を身にまとい、更にその上から小型のプロテクターを各所に装着している。それはまるで、鎧と制服という両極の存在を無理やり一つに統合したような不自然な見た目を作り出していた。
腰にはさっき投げたクナイのようなものが数本下がり、更に手にも片手に3本ずつ握っている、そして最も特徴的な仮面は燃える炎のような模様が描かれていて、その奥にある瞳は正義感に輝く。
「この国際電子遊戯警察・特別捜査員たるこの私のお縄に……! さあさあ、今こそあっさりしっかりかかるのです!」
そして、廊下からその子は躍り出た。手にしたクナイ達をクロスさせて持ち、神官二人に突撃する。
だが、その時――Hが杖を持ち上げる。
「相も変わらず、鬱陶しいですねぇ」
「はあっ!」
右足を踏み込ませ、手にしたクナイを全斉射しようとする少女を前に、HとSはこっちを――剛迫を見た。まるで――いや、確実に、この少女を相手にしていないような振る舞いだ。
「ゴーサコさん。とりあえず今回は顔見せ程度でしたけどぉ……。今後も私達は貴女の前に現れるつもりですからねぇ。……もっとも、この子が現れた以上、次からはそちらも「戦う意味」が変わるでしょうけどぉ」
「まあ、予想の範囲内です。やることは変わることはありません。今回は僅かに30分のみの滞在でしたが、今度はより多くの時間を過ごせることを期待しています」
「待ちなさい!」
クナイの射出と、神官たちのワープは同時だった。まるでそのタイミングを予め知っていたように用件のみを言い終えた二人は、しっかりとゲーム・フロンティアは回収して、来た時と同じように唐突に消え去る。
そしてクナイは宙を切り――ガラスに向けて勢いよく命中。がしゃーんと砕け散り、この子への損害賠償請求が確定した。
しかしこの少女はそんなことを気にもしていない様子で、くうっと唸って下唇を噛んでいる。
「逃がしましたか……! たった一度のチャンスだったのに!」
「あ、あの、貴女?」
「ですが! 今度こそ! 次は絶対に逃がしませんよSHITS達! 国際電子遊戯警察の名にかけて、この大門 璃虞(だいもん りぐ)! 必ずや貴方達を許しは!」
「こっちを向きなさーーい!」
剛迫はこの謎の少女の体を掴んで向かせた。
「な、何ですか! 今、犯人を取り逃した警察としての務めを果たして……!」
「貴女が果たすべきはガラスの損害賠償と不法侵入の申し開きでしょうよ! そして何より! 貴女はいきなり誰なの!? あの人達は一体誰なの!?」
あの剛迫がツッコミに回るとは珍しい光景である。クラス中が騒然とする中、大門と名乗った少女は残ったクナイを腰に戻し、
「ええい、離すのです! こうなった以上、上司への報告とか任務失敗の後処理とか書類の提出とか、やることが山積みなのです! 報連相はすぐに行わなけりゃいけないんです! 貴方たちただの学生とは違って忙しいのです!」
「知らないわよそんなの! 学生のクセに警察がどうこうしてるなんてラノベみたいな子ねぇ!」
「何を言うのですか、どっかの頭脳が大人の子だって高校生探偵だったでしょう! そういう風にすぐにオーバースペックティーンエイジャーをラノベラノベ言うような風潮は私はどうかと思います! とにかく離しなさい、今こうしている時でも、事件は動いているのですから!」
「事件?」
「ええ、そうです! 貴女達は知らないでしょうが……。今、この世界は! いえ、ゲーム業界は、未曽有の危機にあるのです!」
ゲーム業界の危機。
何だかネットを少しサーフィンしてたら2、3個はまとめサイトの記事が引っ掛かりそうなフレーズで、何だいそりゃあと冷めた目で見てしまう。国際電子遊戯警察とかいうわけ分からん組織といい、もしやこの子は結構アレな子なだけなんじゃないかと思ってしまう。
だが、「その次」に出たこの子の発言は。
俺のそんな冷めた魂を、噴火寸前の火山にしてしまう。
「世界中のゲームが、クソゲーになってしまうのです!」
ガタッ。
俺が立ち上がったのは、脊髄反射をも超えた――魂の反射ともいえる速さだっただろう。
「大門 璃虞だっけ? あと、あいつらはなんだっけ。SHITSとか言ったか」
「一鬼君……!?」
「詳しく話を聞かせろ」
大門は黙り込み、俺を畏怖する目で見ている。
そうもなるだろうよ。そんな世界崩壊級の話を聞かされたら。
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