第6話

 致命的な「ひとつ」というものがこの世にはある。

 最高のシェフが最高の腕を振るって作った料理でも、最後の最後でゴキブリなどがトッピングされてしまったら、多くは食欲を無くすだろう。

 この『パッチ適用』による改変もまた、たった一つ。一見すると救済措置に見えなくもないものだ。しかし、剛迫がそんなことを看過するはずもない。

 最悪な一つの改編を、こいつは行ったのだ。


「何だアレ?」

「バリア?」


 俺の自機の周りに、ちゃっちいエネルギーのフィールドが発生していた。

 パワーアップ無しに取り付けられてしまっているこれを前に、俺は不安を隠し切れない。


「おい剛迫、何だアレは。先に教えろ」

「何って。シールドよ? 何の変哲もないシールドです」

「……」


 見ると、スコアの下に「SEELD」というクソゲー特有のスペルミスがされた文字とバーがある。これがシールドの耐久力だろう。

 進めてみる。

 敵の弾の速さは相変わらずだが、こっちの動きの癖は把握している。うにょーん、うにょーん、もっさりもっちりとした動きで回避する。


「うめえ! よく出来るなそんなクソゲー!」

「うーん……」


 そいつらを撃破して、次の敵が出てきた。回避、撃墜。

 次も、回避・撃墜。

 そしてその次は、新しい敵が出てきた。いきなり世界観が変わってデーモンっぽい黒い人間のような奴で、口から弾を吐いてきた。

 それは自機の2倍近い大きさだ。


「あ! マズい!」


 もちろん速さも法外だ。分からん殺し気味のデーモンの攻撃に、なすすべもない。だがこっちにはシールドがある! と慢心している俺。

 案の定、ミスは防がれた。だが問題は、

 シールドの耐久力が殆ど減っていないことである。


「え、何アレ」

「頑丈な……ってか、高性能なシールド?」


 戦慄するしかあるまい。

 これが意味するところを、俺だけが今現在は理解しているだろう。

 こいつ、やりやがった。

 さて、そうこうしているうちにボスである。今度は巨人が鉄球を持っているという世界観が分からないキャラクター。


「1ボスの卑弥呼ね。頑張って」

「アレ卑弥呼? 思ったより物理特化なのね」

『グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアウ!』


 いくら何でもフリー素材の使い方が酷いなんて感想を抱く間もなく、攻撃が来た。大きなモーションと共に鉄球を振り下ろしてくる。その攻撃は大雑把極まりない軌跡を描いて俺の機体を抉る!

 ほんの僅かにシールドが減少した。


「……」


 ダダダダダダダダダダダ。ショットを連射する。

 卑弥呼は咆哮と共に鉄球を振り回してくるが、その破壊力はシールドほんのちょこっと破壊という程度。


『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

ア!』


 卑弥呼は死んだ。

 俺は生き残った。

 大体もう、評価は終わっていた。


「剛迫。とりあえずな。突き出し程度に、言っておくぜ」

「何かしら」


 もう何度言ったか分からないが、いつでも言いたくなる。

 それが侮辱でなく賛美でしかないと分かっていても、叫びたくなる。


「クソゲーじゃねーかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


「え、クソゲー!? アレが!?」

「いいじゃん、死ななくなったんだよ!? 死にやすかったのが改善されたんじゃ!」

「お前らはシューティングゲームのことを何もわかってない!」


 事情が分かっていないクラスメイト達の方を向いて、俺は怒りをぶちまける。こいつのクソ要素とは何か。シューティングゲームの醍醐味とは何か。その説明をしなくてはいけない。


「あのなあ、シューティングゲーム! ましてやこんな高難度のものの醍醐味っていうのはな、避けることなんだよ! いかに操作性がクソでも、正直操作性ってのは度が過ぎなきゃ慣れる! 世に出てる名作と言われてるシューティングゲームでも、傍から見るとクソみてえな弾幕をぶちまけてくるのがある! それでも人気があるのは、その弾幕を華麗に避けていくという快感にあるんだよ! それが何だ、このクソ耐久なシールド!」


 俺は演説の為に放置している自機を指さす。放置してるのに敵の攻撃を喰らって落ちる気配もない。


「何だあのサバイバビリティ、何だあの圧倒的人権への配慮! 嗚呼確かに人権団体はにっこりだろうさ、家族も笑顔で送り出せるさ! でもね!? 何そのリアリティ! 確かにパイロットは大事ですよええ、でもこっちは避けるのがだんだんアホらしくなってくるんだよ! 失敗に対するリスクがあんまりにも少なすぎるんだよ! 要するにこのゲームは、シューティングゲームの愉しみを9・9割否定するクソゲーだ!」


 俺の演説を前にクラスメイト達は押し黙った。「何言ってんだこいつ」が大半だと思うが、俺は審査員だ。俺がゴッドだ。この戦いに影響が出るものじゃない。

 一方、これだけの酷評をされたクソピエロはというと、


「最高だわ……さすがとしか言いようが無いわ、一鬼君」


 誰かこいつを何とかしてくれ。


「そうよ、まさに言って欲しかったのはそれ! シューティングをいかにクソにするかってとこよ! 私が描くシューティングの最低到達点の一つが、この「エナジーシューター・人権団体公認ヴァージョン」よ! サバイバビリティをこれ以上無く追及した機体による面白みも無い虚しい勝利。戦争のむなしさを説く意欲作でもあると私は考えてるわ!」

「鼻息荒い! 荒い! やめて! プレイの邪魔!」


 最後の最後までこの調子だった。

 このシールドの耐久性へのこだわりは自動車メーカーも真っ青の安全基準を潜り抜けているようで、最終面までシールドは壊れない。また敵のシュールさも極まっていて、一面の卑弥呼、二面は何故か宇宙にいる紫色のザトウクジラ、三面は火山から出てきた機械の歌舞伎役者、4面は竜巻の中にいる新幹線と、世界観が全く分からない。というかこの主人公機のルートが理解出来ない。

 そして最後に出てきたのは「なんかでっかいじゃがいもみたいな奴」。じゃがいも弾をぴゅんぴゅん出してくるがあっけなく撃墜である。

 評価は変わらなかった。クソゲーである。


「いかがだったかしら」

「OPで言ってたステラって誰?」

「ああ、あれ、新幹線の敵いたでしょ? あれの中の人が言ってたの」

「何があったんだ!」


 最後の最後までコレかよ。この点すまいるピエロってすげえよな。最後までクソたっぷりだもん。


「さあ、次はそちらのターンよ。見せてもらうわ、貴方達のクソゲー」


 SとHに自信たっぷりに言ってのけるこの方。

 反応したのは「H」の方だ。


「流石の手腕と言わざるを得ませんねぇ、ゴーサコさん。噂通りの見事なるクソゲーです。ですがねぇ」

「な、何だ?」


 後ろの方で、誰かが声を上げた。窓の外を見ている。


「急に空が曇り……いや、黒くなった?」

「何? ゲリラ豪雨?」

「何か変だぞ? 渦を巻いてる」


 外に目をやると、今まで見たことが無いような異常な空が見えた。

 さっきまでうだるような暑さを叩きつけてきた晴天が、厚い黒雲に覆われている。しかも雲の形が奇妙で、この学校を中心に渦を巻くような形になっている。

 あたかもそれは、大悪魔が降臨するような、異様で不気味な光景だ。

 H本人はそれを当たり前のように眺めているが、その茫洋とした目は、世界の終焉のような真紅に染まっている。


「貴女のゲームはまだ吹っ切れてはいない。人に真の苦痛を味わわせようとしていない。私達の扱う「禁断のクソゲー達」に比べればまるでお遊戯の域です」

「何ですって……!? 禁断のクソゲー!?」

「禁断のクソゲーって何だ!? クソゲーなんか全部禁断じゃねえの!?」

「違いますねぇ」


 杖を床に立てると、杖の先の老人のような奇妙な紋章が発光した。その光の残光は、まるで悪魔の刻印――または、神の烙印だ。


「あなた達の知るクソゲーとは根本から性質が違う。深淵の更にその奥。闇の中の闇のクソゲー。人に怨まれ続ける負の集合体」


 ダウンロードが始まると、外でゴロゴロと雷の音が鳴り始める。

 雲は渦巻きに沿って廻り始める。

 まるで『ダウンロードを今すぐにやめろ』。

 『ここにそいつを出すな』と訴えているかのようだ。

 天も怯え、雷の警鐘を鳴らすほどのクソゲー?

 それは一体どんなものなんだ? 興味と、相応の恐怖が俺の中から汗となってにじみ出る。


「な、何だ、何が来るんだ!? 禁断のクソゲー!?」

「俺達は一体何を見せられ――」





「そこまでです!」





 少し幼いが、確かに空間に通る少女の声。

 直後、ダウンロードしていたゲーム・フロンティアのコンセントに、クナイのようなものが直撃した。

 それによってコンセントがズレ、電源が落ちるゲーム・フロンティア。ダウンロード中の急な電源オフはデータに深刻な影響を及ぼす可能性があるというのを刷り込まれている俺にとっては絶句ものだったが、SとIは苦々し気に「声の方向」を向いていた。

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