第3話

「ええ、知っていたのなら隠す必要はないわね! そう! 一鬼君! 新情報よ! なーーんと、今エジプトではクソゲーが大流行してるのよ!」


 もう開き直りやがったこのお方は、月刊 テーヘンなる異臭しか漂わない雑誌を俺の机の上に不法投棄した。それは端っこにクソゲー業界情報誌とかいうこの世に存在してはいけない単語が書かれていて、これを置くような本屋を軒並み抹消したくなるような代物だと俺に認識させる。


「ちょっと俺の脳がいまいち追いつかない。まずクソゲーが流行る状況ってのは何なんだ。エジプトってそこまで娯楽が無かったのか?」

「ふふふ、一鬼君。悔しいでしょうが認めなさいな。流行は流行。その純然たる事実を覆すことは出来ないの。エジプトは今やクソゲーの聖地になろうとしているのよ! クソゲーメーカーとして、業界で最もホットなこの地を訪れない手はないわ!」

「そんな聖地いらんわ! っていうか普通に行きたくないんですけどそんな旅行! 何でわざわざ国を跨いで電子の肥溜めみたいな所に行かなきゃならないんだ!」

「これもすまいるピエロの活動の一環です! すまいるピエロの代表として命じます。この夏休みはエジプトに遠征します!」

「いや」

「5画で断らないで!」

「そもそもそんなお金がお前にあるのか?」


 剛迫の家はあんまりお金が無いはずだ。しかし、剛迫、ここで迫真のドヤ顔を見せる。


「二つ前のクソゲーバトル・エクストリームの準優勝、実は賞金が出てたのよ。30万円。それを使っていくわ!」

「ちょっと待て、初耳だぞそれ!? 賞金なんか出てたの!? よこせよ、配布しろよ! 何で一言も言わないんだ!」

「実はあの時からずっと、賞金はエジプト遠征の資金にしようと思ってたのよ。すまいるピエロの強化のためにね! だからずっと隠し通してたのよ、一鬼君には!」

「何で俺だけ?」

「だってそんな話したら一鬼君、協力してくれないでしょ?」

「タチ悪ィーーー! ホント定期的にタチ悪いなお前は!」

「でもでもでもでも、一鬼君一鬼君。じゃあちょっと訊くわね」


 すすいっと、剛迫は席を挟んで顔を近づけてきた。こいつには珍しい、不死川みたいなジト目が不釣り合いに俺を見つめてくる。


「――「ひとつ前」のクソゲーバトル・エクストリームの結果に満足してる?」


 うぐっ。本当に声が喉から漏れてしまった。

 そう言われると、思い出さざるを得ない。太平寺や星見さんとの戦いを演じたクソゲーバトル・エクストリームの「次」のクソゲーバトル・エクストリームの俺達の戦いを。

 結論から言うと、俺達はこのクソゲーバトル・エクストリームで敗退した。予選はあっさり突破したのだが、本選となるこの戦いで俺達は相手の繰り出してきたクソゲーのクソさに歯が立たず、負けたのである。真正面から戦い、真正面から受けてもらい、真正面から負けた。

 俺はクソゲーが嫌いだし、クソゲーバトルも未だに意味が分からない。

 しかし。自らが携わり、これはクソだとゴーサインを出したクソゲーが負けたということに無関心でいられるほど、俺も冷血じゃあない。

 そもそもクソゲーの「強さ」ってのは何なのかイマイチ分からないが、俺は確かにあの時、相手へ向けられた喝采の中でこう思ったのだ。

 ――強くなりたい、と。

 そしてこの俺が思ったくらいなのだ。目の前の剛迫はどう思っていたかなんて、容易に想像がつく。


「それは……」


 皆で、強くなりたい。強くしてやりたい。

 ほんの少し前の俺なら間違いなく狂っていると断じるような願いが、今では熱を持って湧き出てくる。しかしその熱を認めてはいけないと感じる心も、確かに残っている。

 確かな心と確かな心。

 こいつの揺るぎない目を前にして、こんなにも難しい問いを前にして、俺は「中断」を祈った。何か起こって、この問いから逃がしてほしい。有耶無耶にしてほしいと、確かに祈った。

 だが、そんな祈りが通じたかのように鳴った音割れしたスピーカーの咆哮は、この祈りを。

 最悪な形で、叶えてしまった。


『光城先生、光城先生。至急、職員室までお越しください』


 ぞっと、戦慄が教室を駆け巡った。

 誰もが、「なあ、今の」「光城って」と顔を見合わせている。

 光城先生。それは、存在しない先生である。

 架空の先生が呼び出される時というのは、たった一つのケースに限られる。

 不審者の侵入だ。


「お、落ち着け。落ち着こう、皆。体育館に逃げよう」


 学級委員が言った。その声で、一瞬パニックになりそうだったクラスメイトが落ち着きを取り戻す。


「お、おい、一鬼、やべえよ、不審者だってよ、早く逃げようよ」


 影山が横から来た。声をひそめて、まるで目の前に不審者がいるかのような縮こまりっぷりだ。

 だが果たして、それはもう既に「遅かった」のだと。

 剛迫のことを見ていた俺は、気づかされていた。


「このクラスですな、『H』。ええ、ええ、到着から11。無駄が無くていいことです」

「そうみたいですねぇ『S』サン。んまあ、無駄足だったら無駄足でェ、いいとは思うんですがねェ」


 教室の最奥のスペースに、その二人は立っていた。

 一言で見た目を表すと、「神官」。

 全身にエジプトの観光名所辺りにいそうな、金ぴかと紫が基調になった服を纏い、頭には何とも言えないひげもじゃの爺さんの顔が彫られているものを着けている。手に持っている杖にも同じくひげもじゃ爺さんの意匠がある。

 Sと言われた方は懐中時計をいくつも提げていて、左腕には2、右腕には4つも腕時計を身に着けた、大柄だが神経質そうな顔をした男。顔だちは日本人のそれではなく、肌も一点の曇りもない天性の褐色肌だ。

 Hと言われた方は、日本人だ。杖を持っている右手とは逆の左手にキャリーケースを持ち、腰には使い込まれた一眼レフカメラ、背中には大きなリュックサックと、まるでコスプレしたまま帰国した日本人観光客のような出で立ちだ。Sとは逆に色白で小柄で眼鏡をかけ、貧弱な印象を与える。

 いきなりの妙ちくりんな大人の出現に、クラス内の誰もが固まっていた。

 ある一人を除いて。


「ちょっと貴方達、どなた様かしら? とりあえず靴くらいは脱ぐのが礼儀じゃなくって?」


 我らが烈女。恐れを知らぬ突貫少女・剛迫様が、発見と殆ど同時に言葉を発していた。どんだけ神経が太いんだよこいつ。

 それに対して応えたのは、Hという男だ。


「ああ、はいはい、失礼失礼。えーっと、Sサンも靴脱いで下さい。よく考えたらそうですねェ、失敬失敬。そうですよねェ、掃除するのは皆さんですもんねェ」

「H。いちいち何をしているのですか。無駄な時間はよして下さい、今の間に8も無駄に」

「ああ、日本人ですからねェ私は。すいませんねぇ」


 靴を入れる為の袋でも探しているのか、キャリーケースを開けて中身を漁り始めるI。従順なその姿はかえって気味が悪い。

 その間に、Sが剛迫の前へと進み出ていた。

 机が小学校用の机に見えるくらいの体格の男が迫っている。それだけで相当な恐怖だろうに、剛迫は身じろぎもせず睨み返している。

 そしてSが、杖を高々と掲げた。

 すると、教室のあけていた窓・ドアが、全部音を立てて閉まる。


「え!?」

「な、何!? 超能力!?」

「率直に短時間に。私達が求めることを申し上げます、ゴーサコチョーセン」

「!?」


 何で剛迫の名前を知っている?

 まさか、つい最近ストーカーしてる女と関係があるのか?

 そんな俺をよそに、SとHの二人は剛迫の横を通って教壇の上に立つ。

 そして教卓の上に、Hが何時の間にか取り出していた「もの」を据え置く。


「え!?」

「アレは!」


 それは、ゲーム・フロンティア。

 それをコンセントも無しに起動させて、黒板へと映像を映し出す。もはや見慣れたゲーム・フロンティアのホーム画面へ移動した。


「ゴウサコさん。貴女に、その実力の程を見込んで」

「クソゲーバトルを、受けていただきたい」


 そしてこの謎の連中は。

 唐突に、この悪夢の対決を申し出てくるのだった。

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