第2話

「あ、そうだ、一鬼君、ちょうどよかったわ。ついでだし、今言っておきたいことがあるんだけど」


 目が一転。きらめきを放つ。

 あ、来るな。アレが。臭気が漂ってくる。おぞましい臭気が漏れている。俺はどうやら少し先の未来を予知出来るようになったようだ。


「新しいクソゲーのアイディアを思いついたの! ちょっと意見を求めたいわ!」


 剛迫は一見するとまさにオジョーサマ。高潔さという方向で言うと一つの到達点に達している女子高生だ。

 だがある一つの点が、そんなイメージに汚濁を投げつけ染め上げる巨大な黒点となっている。

 それはクソゲー大好きな点である。

 そのクソゲー好きは自らがプレイするだけには収まらない。「ゲーム・フロンティア」。ありとあらゆるゲームを創り出し、配信出来るというゲームを使い、自らクソゲーを生み出すということをしている。しかもその規模が「クソゲーメーカー」として結構な知名度を持っているから手に負えない。

 そして何が哀しいかって、俺はその「クソゲーメーカー」・すまいるピエロの一員であるという点。

 そして、こないだの大会に顔見せもしてしまったという大変な不名誉を被ったという点だ。

 まあ俺の話はさておき。

 剛迫 蝶扇は俺の大嫌いなクソゲーを生み出す女でもあるという哀しき現実を、理解していただけただろうか。


「剛迫、ここには一般人もいるんだぞ、最悪クソゲーの話だけでショック死するぞ」

「あ、影山君もいいわよ、私の新作のクソゲーについて意見を求めたいわ! クソになるかならないか!」

「いいい!? つ、ついに俺にまで飛び火したあ!?」


 最近の剛迫は、クソゲー作ってることを一切隠しもしなくなった。

 曰く・俺に話すまでは「事前情報」を与えない、完全にニュートラルな状態でクソゲー認定してくれるかどうかを試したかったから口を噤んでいただけに過ぎないらしく、クラスでも一切クソゲー作りを話さなかったが目的を達成した今ではこの有様だ。

 剛迫には伏せるが、週刊・学年で一番付き合いたい子ランキングでこいつは常に上位を争っていたが、クソゲーを解禁した途端にベスト30からも脱落したのは内緒である。

 人間中身が大事。

 どんなに美しくても、付き合ったらクソゲーを押し付けられるのは勘弁願いたいわけだ。健全な精神の持ち主が多くて誇らしいことだ。


「ちょっと俺はトイレ行ってくるから一鬼頼むよ」

「逃げるな! 俺だけでこのレイドボス倒せってのか! お前いつもポチポチでレイドボス倒すだろ!」

「だってお前、剛迫さんのテスターじゃん!? 俺は逃げる!」

「おい、クソ野郎!」

「クソやろう、ですって! その意気よ一鬼君!」

「お前の感覚はどうなってんだ!」


 クソクソクソクソ。清楚な見た目からぽんぽん出てくるNGワードの乱打の前にクラスメイトは畏怖し、露骨に引かれているのが空気で分かる。しかし当の本人は良い方に考えるように思考が固定化されているため、良いようにしか考えてないんだろうな。怖すぎる。


「お前なー……。そんなクソクソ品のないこと言ってたら、周りが引くぞ。友達もいなくなっちゃうぞ」


 正論を言っておくが、剛迫はさらっと髪を優雅に流し、


「一鬼君、品が無いとか言っちゃダメよ。世界を広く見なさい。あるでしょ、変な名前の外国語。エロマンガ島とかスケベニンゲンとか。でもそれをしゃべってる人を咎めるのはナンセンスでしょ。ちゃんとした、由緒ある言葉なんだから」

「う、うん……?」

「クソゲーはクソゲーという名前なの。だからそれを言ってても、クソゲーを指してるんだから決して汚い言葉じゃあないわ!」

「なんかすごい丸め込まれた感がする!」


 それを決めるのは周りだろうにこいつは。風紀委員会に咎められても、この理論で突っ切るような気しかしない。いや、突っ切るなこいつは。


「それに、むしろ最近では熱心なファンも出来たっぽいの。嫌われてなんかいないわよ!」

「熱心なファン?」


 唐突に出てきた言葉に、一瞬だけ対抗心が燃えるが、


「ええ。私の後ろから、いつももじもじしてるのか、ついてくるのよ」

「え」


 急激に、戦慄に冷え込む。


「どうしたの!? 顔が青いわよ!?」

「ちょっと待てそれ一般的に何ていうか知ってる?」

「ファンよ! でも引っ込み思案な子らしくて、話しかけられないんでしょうね。ここ一週間くらいいつも後ろからついてきてて……」

「剛迫。それストーカー」

「ふえ?」


 きょとん、と目をまん丸にする。


「もう一度言うぞ。それストーカーだぞ」

「それはあり得ないわよ!」


 堂々と胸を張って主張する。


「根拠を言え! 何で無いと言い切れる!? お前なら普通にありそうだぞ、顔だけはいいから! 顔と雰囲気だけはいいんだから普通にあるぞ!?」

「だって、ヨイちゃんと一緒にいる時も、ヨイちゃんの反応薄かったもの。クソゲーハウスからついてきた人が一回だけ出たんだけど、その時は笑顔でエグイ攻撃行動に移ってたわ」

「何やってんだあいつ……」


 挙動が戦いの口実を見つけた戦闘狂そのものだ。一体何人その牙にかけてきたのか。


「それに、ヨイちゃん曰く・女の子だって。だからファン! 害意も無いって言ってたから問題ないわ!」

「いや、大有りだと思うんだけど。……っていうか女の子?」


 女子のストーカー。禁断の愛という可能性を考えないのだろうか。こいつの行き過ぎた楽観は本当に周りを不安にさせる。

 でもあの友人絶対護るウーマンの四十八願が反応しないってことは本当に安全なのか……? いずれにしても、今日は一緒に帰って探ってみるか。


「そんなことより、一鬼君」

「ストーカーを「そんなこと」で流したよこの人」

「ファンよ!」


 こええな、こいつ。いつか後ろからやられなきゃいいけど。


「せっかくだから今お話ししたいことがあるわ。夏休み中、すまいるピエロのメンバーでどこか旅行でも行かない?」

「旅行?」


 これまた唐突なお話だ。


「そうよ。そうよ。みんなで親睦を深めるのも、大事だと思うの」

「とはいっても、俺は男子一人だぞ」

「大丈夫よ! それに今更、そんな気まずい間柄でもないでしょ? ふーちゃんも懐いてるし、ヨイちゃんとも仲いいじゃない。恐れることはないわ!」

「んー、まあ、いいけど……めんどっくせえなあ……」


 俺はこんなつれない風を装っているが、内心はどうだと思うかね、貴兄。周りの男子からはどんな視線が突き刺さっていると思うかね、諸君。

 俺だって一端の、高校生男子だ。

 美少女から、プライベートに旅行に誘われる。こんな凄いイベントが現実に発生するなんて、超常現象と言い換えてもいいだろう。

 観光名所を前に、きゃっきゃうふふ!

 美味しい料理を皆で食べて、あらあら美味しい!

 夜には景色を眺めてちょっぴりロマンス!

 帰ってくる時にはより仲良くなってくる!

 ぬあっはあ、まさに青春堪能欲張りセット!

 まだだ、まだ笑うな……。ここで大喜びしていたら、周りの男子から即座に抹殺対象にされかねない! 出来るだけ連れない風を装ってヘイト管理だ!


「で、行きたいとことかはあんのか? 俺はどうでもいいし任せるよ」


 温泉がいいでーす! 温泉でつやつやになった皆が見たいでーす! あわよくば混浴がいいでーす!

 しかしそんな期待虚しく、剛迫は斜め上のことを言い出す。


「エジプトよ! エジプトに行くわ!」

「いきなり外国ですか!? 何でエジプト!?」


 突拍子もなく、外国である。

 剛迫は何故かどこかウキウキとした様子で俺を見ている。何なんだ、そんなに俺と旅行に行きたいのだろうか? ふっ、罪な男だぜ俺も。

 しかし……エジプトかあ。海外旅行かぁ。元来出不精なゲーマーたる俺にとっちゃあちょっと重い。


「いや、そのね。エジプトいいじゃない。ピラミッド見たいじゃない。だから行きましょ! 行くわよね一鬼君! エジプト!」

「だから何でそんなにエジプト推すんだ!? 普通に日本国内じゃダメなの!? 温泉とか! 湯上り卵肌とか!」

「エジプトがいいのよ! エジプトが!」


 何だこのエジプトへの熱量は。俺は頭を冷やし、冷静に稼働させる。落ち着いて考えろ。こいつがここまで熱くなるのには……理由があるはずだ。

 ふと剛迫の机に目をやった。机にすらこいつの立ち振る舞いが反映されているかような純白のオーラを纏う机の上に、何かドス黒い汚点が見える。その正体は雑誌だ。しかしどうも、普通のゲーム雑誌でも女の子が読むようなファッション雑誌でもないように見える。

 目をズームアップ。×2。×3。

 タイトル・「月刊 テーヘン」。

 そしてその表紙には、こう書かれている。


『今、エジプトがアツイ! クソゲーブーム真っただ中のエジプトの熱狂を独占取材!』


「…………剛迫」

「何かしら!? 行く!? 行っちゃう!?」

「教えてくれ。エジプトで何が起こってクソゲーが流行ったんだ」


 剛迫は子供のように無邪気で女神のように美しい、彫刻のような笑顔のまんまで固まった。

 周囲の男子の熱烈な嫉妬の視線は一転、死地に赴く男を見送るものに変わっていた。

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