第一話・新たなるクソゲー、新たなる影

第1話

「うーん」


 蒸し暑い教室の中。申し訳程度の扇風機が回る、教室の中。

 昼休みの教室はそんな暑さの中でも騒がしく、まあ高校生らしいこと! とでも通りすがりのマダムに称賛されそうなくらいには活気に満ちていた。暑さなど何するものぞ! と言わんばかりの元気さには、しかし、現金な理由がある。

 7月後半。

 即ち。

 夏休み。

 ある者は引きこもりライフを満喫。ある者は仲間とパーリー。ある者は恋人とロマンス。可能性と怠惰に満ちた超ビッグイベントの開幕が、明後日からなのだ。

 必然的に浮かれる。浮かれまくる。気が早い奴はスケジュール表など持ちだしやがって、次々に予定を埋めていっている有様だ。

 かくしてこの部屋は、いや、他の全ての教室も浮かれムードである。

 しかしこの一角だけは、極々いつも通りな雰囲気である。


「どう? そのゲーム、面白くない!?」


 目の前に座っている眼鏡男・影山 門田(かげやま もんた)と、俺・一鬼堤斗(いっき ていと)の二人組である。

 こいつはやたらと目をキラキラさせながら、俺にプレイさせているゲームの感想を迫って来る。ここだけは毎日いつも通りの光景であり、夏休みの浮かれムードなどどこ吹く風だ。

 俺も影山も無類のゲーム好き。良作大好きな、極々普通のノーマルティーンエイジャーである。昼休みはこうしてゲームについてダベっていることが多い。

 ここで俺が持っているゲームは、いつもなら携帯ゲーム機、というのが相場だ。だが今日は違う。

 俺は手に、スマートフォンを持っていた。


「なあ影山。お前これ面白い面白い言ってるけどな」


「うん!」


「控えめに言ってクソゲーだろ、これ」


「えええ!?」


 俺はスマートフォン(影山の)を机に置いた。

 そこに映っているのは、イマドキどこででも見られるような顔をした美少女キャラが主役のゲームである。


「何で!? 面白くない!?」


「いや、どこが面白いの? こんな限られた操作で一体どこに面白さを見出すんだよ。大体、勝利前提で作られててスリルってもんが全く無いよ。これならテトリスやってた方がずっといいよ、ドット以下かこいつ」


「すげえぼろくそ!」


 俺がやっていたのは、いわゆるスマホゲーという奴である。

 基本無料! エッチなナニカ! 何十連無料! 初心者はSSR確定! とバナー広告で欲望むき出しに喧伝しているアレだ。

 かなり前から大人気で、今や星の数ほどもあるんじゃないかと思われるほどに凄い業界ではあるらしいんだが、俺は正直クソゲーの割合が死ぬほど多いと思う。

 仮にもゲームと銘打たれた以上、俺は何十もプレイした。

 しかし、途中でにじみ出まくる「企業」の影。「オカネ」の影に、疲れてしまったのだ。

 何かすると課金アイテムを要求される。頑張っても、課金の力には勝てない。ちょっとした行動でも課金アイテム、課金アイテム、石を割れ、石を砕け。やかましいわ。

 もちろん、無課金者に優しいゲームもいくつかあった。が、そもそもゲームとしてかなり薄い。簡単すぎる作業をこなして、ゲーム内体力が尽きたらおしまい。

 とにかく薄いゲーム群。それがスマホゲーだと思っている。


「やっぱり、一鬼の説得には……あの人の手を借りなきゃいけないかな」


 と、影山。


「え、あの人って?」

「剛迫さーん! ちょっと来て!」


 ぶはあ!

 俺は思わず噴いてしまった。


「どうした一鬼? 流石に剛迫さん相手には分が悪いか!」

「そうじゃねーよ! こんなどうでもいいことにわざわざアイツを呼ぶな……」





「はあい、お呼びかしら?」





 漢二人っきりという陰気な空気が、一気に華やいだ気がした。

 どちらかというとこっちではなく「浮かれている方」寄り。ついさっきまで自身の友達と夏休みについて話していた奴が、目の前に現れた。

 目の前にいる女・剛迫 蝶扇(ごうさこ ちょうせん)。

 一見するとお嬢様。一部では「ダサい」「時代遅れ」だのと称される服を、その手入れと乱れぬ所作で完璧に着こなす、控えめに言っても美女と言えるであろう女子高生だ。

 決して貴族の家系でもないのに、その佇まいは貴族的と言ってもいいくらいに上品そのもの。それでいてこんなクラスの隅っこみたいなところからの呼びかけにも応じてくれる親しみやすさ。まさに「俺ら」みたいなのからすると理想の女子生徒である。


「うっす、悪いな。こいつのアホな呼びかけに」

「アホって何だよ! 俺は真剣なんだから!」

「よっこらしょ」


 剛迫はその辺の椅子を使って俺の横に着席した。瞬間、まるで周りの空気が涼やかに爽やかになってしまったかのような錯覚すら感じる。

 これがオーラ力というものか。


「それで。何かゲーム関連の話でしょう? どうぞ、言ってごらんなさいな」


 未だに信じられないことだがこの剛迫という女は超が付くほどのゲーム好きである。その水準ははっきり言ってその辺の「ゲーム好き」など軽く凌駕してしまうほどだ。

 まあ、その中でも「ある分野」の知識と興味と経験が異常発達しているというのは大問題だが、おかげさまで俺達はこんなお嬢様的な女子とも気軽に会話が可能なのである。


「実は。スマホゲーの話をしてて……」

「スマ……!?」


 じり、と剛迫が明らかに後退した。

 何だ? 何か変なことを言われたか?


「そうそう。スマホゲーってクソゲー! って一鬼が言い出してさ。それで剛迫さんの意見も欲しいなって!」

「アラゴメンナイサーイ、ワタシ、アソビッテイッタラ、リリアントカゴムトビトカシカシラナイノー」

「剛迫さん!?」

「お前いつの時代の人間だよ、どうした!?」


 出来の悪いソックパペットのような動きで口をカクカクさせながらこいつは言う。何だこの動き、初めて見たぞ。

 明らかに様子がおかしい。実は割と脳みそ筋肉系であるくせに誤魔化すなんてらしくもないってもんじゃない。

 この暑さのせいじゃないであろう汗をだらだらかきながら、剛迫は目を逸らしつつ、


「い、いやあ、その、ね。スマホゲー、ね。うん。あのね、その。あんまり怒らないで聞いて欲しいんだけど」

「うん、うん」


 こいつがゲームの判断をここまで迷うなんて珍しいことだ。いつもならすっぱりと的確に判断するのに、スマホゲーとはそれほど評価しにくいものなのか?


「その、ね。スマホゲーって……私の中で評価不能なのよ」

「え?」


 予想以上に巨大な弾頭が、こいつの小さな口から出てきたもんだ。

 評価不能。こいつがそう称したゲームは、俺の記憶の中では一つたりとも無い。


「どういうことだ剛迫?」

「そのお。コンシューマーゲームって、売ったら終わりでしょう? 売ることがゴールじゃない。でも、スマホゲーとかのソーシャルゲームって、そうじゃないでしょ? お金で拡張させることを狙ってるじゃない」

「うん」

「私はゲームを評価する時は、ちゃんとやってから判断したいの。でも、同じゲームでも、ソーシャルゲームってお金かけてるかかけてないかで全く楽しみ方が違うじゃない」

「あ……」

「なるほどな」


 確かに一理ある。俺の考えは浅かったと考えさせられる意見だ。

 そもそも金をかけるかかけないかで、ソーシャルゲームは大きく楽しみ方やゲーム性そのものが変わる、らしい。俺や剛迫は、あらゆるものが貧相なまんまの無課金の面しか見ていないのだ。

 その面しか知らないのだから、課金者の面を知らないのだから、評価など出来るわけがない。

 それが剛迫のスタンス、というわけだ。


「お金かけようかとも思ったけど、うちってお金なくて。10連ガチャとかいので、3000円も吹っ飛んじゃうんだもの。中古のゲームが何本買えるの! っていう感じだからおいそれと手が出せないのよね」

「なるほどね、流石剛迫さんだ! 一鬼とは違う、フェアなレビューだ!」

「俺とは違うってなんだ俺とはって! 俺だってフェアにクソ認定したぞ!」

「お前基本的に否定してばかりじゃないか。今に評論家様になっちゃうぞー、知らないぞー」

「俺だって褒めるときは褒めるぞ。今までの経験と照らし合わせて判断してるだけ!」

「一鬼君はちょっと言い方が悪いのよね。言い方って大事よ?」

「影山ァ! お前のせいで思わぬダメージを食らったぞ!」

「何で俺に!?」


 今日も今日とて、夏休みが近いとて、俺達の話すことは余り変わりはない。まさにいつも通りの日常が、ここにはあった。

 それは、「あの日」の前からも変わらない確かな時間。

 影山と剛迫とああでもないこうでもないとゲーム談議に華を咲かせていた、楽しい時間。

 嗚呼。この時間がずっと続くと思ってたのに。剛迫は同じくゲーマー仲間の美少女のままだと、確信していたのに。

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