第69話
「おう。分かった。っていうか……分かってるだろ? ゲーム画面見ててもさ」
「何を?」
「すまいるピエロのゲーム。アレは――クソゲーじゃねえんだ」
「……?」
「ただの、思い出を蘇らせるゲーム。イリミネイト・メモリーズっていうのは、そういうことだ。何の感情も抜きに純粋にプレイしたら、アレは全くクソゲーじゃねえんだよ」
「クソ要素が無い……クソゲーってこと?」
「ああ。人聞きの悪い言い方になっちゃうけどな、太平寺。剛迫は、エヴォリューションを使用した時点で、もうすでに勝負を捨てていたんだよ。だから、クソ要素があるお前の作品に軍配を上げるのは、当然のことなんだ」
全ては、観客達を絶望から救うために。
イリミネイト・メモリーズの発動は、ゲームにより苦しむ人達を見ているのに耐えられなかった剛迫の、試合を捨てた切り札だったのだ。
厳密には、最早これは勝負ですらなかった。だから、俺は太平寺に票を捧げた。
余りにシンプル。たった、それだけのことだ。
「……なるほど。票を入れたこと、それ自体には納得出来たわ。でもまだ、でしょう? わたくしのゲームの総評が、あるでしょう」
勝利を掴んだはず。野望を進めることが出来たはずの太平寺はしかし一片たりとも喜びを見せず、俺に詰め寄った。
観客席は未だにざわついている。見方によっては、俺の裏切りによって勝敗が決したのだ、当然だろう。ゴミが投げられていないだけまだマシだと考える。
「おう。分かった。太平寺。お前のゲーム……っていうか、このゲームな。はっきり言って、相当に不愉快になるんだ」
「そりゃ、そうよ。クソゲーを作ったのだから。今更何を……」
「そういうことじゃねえ。――なんていうかな、コレ。執拗なんだよ。執拗なまでに、前作を貶めようとし過ぎてる」
それは或いは、ある種の、歪んだファンサービスのようなものだ。
過剰なまでに前作の要素を詰め込んで、それを貶めることばかりを考えているような、怨嗟の塊。それには執着心すら見える。
「そうよ、そう作ったのだから。ゲーマー共への恨みを込めて作って……」
「ゲーマー共? 違うだろ、太平寺」
「……?」
実際にプレイする。作者との距離が縮まる。
それで見えてくるものは、より鮮明になる。
隠された心の内も、ゲームを通して――染み出すように伝わってくる。
「お前が本当に殺したかった思い出は……ゲーマー達の思い出じゃねえ」
「……」
「お前自身の、グローリー・USへの思い出だろ?」
その結果、伝わったものをストレートに言うと。
太平寺は、冷たい眼光を向けてきた。
やっぱり――そういうことか。
「……何でそんなことを?」
「いや。あくまで俺が感じたままだ。このゲーム、お前が思っている以上に、前作の真逆を行く。前作の良かった部分を殺すだけじゃなくてな。前作の全てを否定しているような悲鳴にすら感じるんだ。隅から隅までグローリー・USの否定ばかりだ。徹底し過ぎてる。まるで、憎い奴の写真をびりびりに千切った挙句に火の中に放り込んで、その灰をトイレに流すくらいに、執拗すぎるんだよ」
はっきり言ってな。
痛すぎるんだよ。そういうの。
「まるで、全部が全部を一から台無しにして、殺しつくさないと、グローリー・USが遺したものを、全部台無しにしないといけない。そんな必死さしか感じないんだよ、これはさ。――このゲームがゲームとしてクソなところってのはな、お前が全く『ゲーマー』を見ていないところなんだよ」
「どういうことよ」
「お前は……お前しか見ていないんだ。お前は、このゲームを、お前自身の思い出から消すために作ったんだろ? そうじゃねーと、お前が耐えられねえから」
下手に痕跡が残っているからこそ。
たとえ、全てのデータを消したとしても――思い出まで消すのは、不可能なことだ。
だからこいつは、全ての思い出を自分の手で壊そうとした。
ゲームも。キャラクターも。ファンも。アンチも。
ほかならぬ太平寺自身の中にある、全てを一緒くたに殺す方法として、こいつは『史実』を作った。
二度と振り返りたくないような最悪の続編を作った。
それはいわば、思い出の安楽死。
在り続ける限り生まれ続ける苦痛を断つための最低の続編だ。
自分で自分の最愛の子供を殺して。
自分の中での未練を断ち切ろうとするような――大いなる自傷行為。
それが、太平寺のグローリー・US セカンドの正体だ。
「なあ、太平寺……そういうの、やめてくれよ! 何でそうやって一人で傷ついて、勝手に傷つけるんだよ!? 挙句の果てにこんなもんまで作りやがって、お前がボロボロになるだけじゃねーか! お前が辛いだけだろ!」
「知ったような口を……! そうでもしないといられないようにしたのは誰よ! アンタ達ゲーマー共じゃない! 妬み嫉みに囚われた貴方達が、わたくしをこうしたのよ! グローリー・USを・……わたくしの夢を殺したのはアンタ達よ! そのアンタ達に復讐するついでだわ、そんなの!」
「馬鹿かお前! じゃあ、そのゲーマー共は、何で『最悪の続編』で苦しんでたりなんかしたんだ!? 何で見るに堪えない成れの果てに、心底悲しんだんだ! それが分からないお前じゃねえだろ!?」
「……!」
「お前はさっき、ゲーマーに復讐するついでだっつったよな……! むしろ逆なんだろ!? 復讐は二の次なんだろ!? 本当はお前のゲームが大好きな奴がいっぱいいることを知ってるんだろ!? だけどお前が耐えられないから、ゲーマー全員を憎んで! その復讐を名目にして! 自分の中のグローリー・USを殺すための続編を作ったんだ! ゲーマーへの復讐なんか、言い訳だ!」
いや、むしろ!
俺はここまで紡いでから、更に太平寺に迫る。
「復讐しているとしたら、むしろお前がお前自身にやってることだ! 自分の子を、自分の発言で潰しちまったお前をお前は憎んでるんだろ! ――そうだよな、そうでもなけりゃ、こんな暴力的で自虐的な手段なんか思いつくはずもねえ!」
なあ、太平寺、頼むから――
俺はここで声が震えていたことを、後で指摘されることになる。
こんなにも悲しい子殺しをしていた――
そうでもしなければ自分が耐えられないほど追い詰められていた――俺の友達に。
俺の心が、悲鳴を上げていたからだ。
「もうこれ以上! 自分を傷つけるのはやめてくれ! 太平寺!」
「……!」
「……もう……! お前の大好きな、俺の大好きな、ゲームで……! そんなに苦しんでんじゃねえよ……。そんなもんじゃねえだろ、ゲームってのはよ……」
「……一鬼……君……」
訪れたのは沈黙。
もはや選評ですらない。俺の太平寺への文句と懇願だけの言葉たちだった。
観客達も、物音すら立てない。
その中で、太平寺は言った。
「……一つ、教えてくれるかしら。貴方にとってゲームとは、何?」
俺は言った。
「……知らねえよ」
俺は続けた。
「でもな……一つだけ、分かることがあるよ。こんな気持ちでも、お前みたいな気持ちでも、接するものじゃねえ……それだけは、絶対だと言えるよ」
太平寺は返した。
「ゲーム、好きなのね」
俺は返した。
「大好きだよ」
太平寺は同意した。
「わたくしもよ」
俺は訊いた。
「お前にとって、ゲームって何だ?」
太平寺は答えた。
「分からないわ。でも、きっと、とっても大切なもの」
太平寺は繋げた。
「そして、だからこそ、わたくしはこうなった」
太平寺は嘲った。
「言い訳ね」
俺は否定した。
「言い訳なんかじゃねえ」
俺は強調した。
「それは、言い訳じゃねえよ」
太平寺は嗤った。
「わたくし、とんだ馬鹿だったわ。貴方に嫌われるようなことをするなんて」
俺は笑った。
「何言ってんだ。勝手に嫌ったことにすんなよ」
太平寺は驚いた。
「え?」
太平寺は狼狽えた。
「何で……? あんなゲームを作った、わたくしを……貴方は?」
俺は指摘した。
「剛迫は、もっと酷いの作ってるぜ?」
太平寺は口を開けた。
太平寺は何かを言いかけた。
太平寺は口を閉じた。
太平寺は目を伏せた。
「いいのかしら?」
俺は予想外だった。
「何が?」
太平寺はいたずらっぽく笑った。
「わたくし、ゲームよりいいものを見つけたのは初めてかも知れない」
俺は更に予想外だった。
「何だそれ?」
太平寺は肩をすくめた。
「秘密。……ありがとう。そして、ごめんなさい。一鬼 提斗君」
太平寺は観客達をさっと見回すと。
この塔を降りる階段へと歩き始めた。
「た、太平寺選手!? どこへ!?」
「帰るわ、わたくし。表彰式も何も要らない」
「えええ!? で、でも、優勝ですよ優勝! それをフイにしちゃうんですか貴女!?」
「そんなのどうだっていいのよ。もう、クソゲーうんぬんなんて、意味を失ったわ」
「そ、そう言われましても……ちょ、待って……」
四十八願のお墨付きのブラックナイトでもある太平寺の機動力たるや、すさまじいものがあった。
迫る警備員を一気に飛び越し、階段は十数段単位で駆け下りて、出口まではラグビー選手さながらの軌道で駆けていく。
その所要時間、10秒にも満たない。
文字通り、疾風のような速度で太平寺は消え去ってしまった。
「え……えーっと……ゆ、優勝者の方がいなくなってしまいましたから……繰り上げ優勝ってことでいいんでしょう……か?」
「いいわけないでしょう」
速攻で否定にかかったのは剛迫自身だった。
「私は決勝戦で負けたの。だから、優勝トロフィーなんてもらえるはずもないわ。準優勝よ」
「は……はい」
かくして、審査が終わった。
すまいるピエロは負けた。
俺が負かした。
自分の信じるままに行動して。自分の信じるままに行動し過ぎて。
審査後、剛迫は、一度もこっちを振り返らなかった。
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