第65話

 そう語る剛迫に応えるように、スマイリー・サーカスは次々に追加要素を展開していく。

 そしてそれと同時に――苛立ちが、怒りが。

 それも、たった一つでは無い。

 『数作分のクソゲー』に対する怒りが――一度に蘇ってきた。


「……!」


 冷たい絶望に凍りかけていた心が、急激に熱を帯び始めた。

 冷血を送り込んでいたような心臓も熱を取り戻し、血管を熱き血潮が駆け巡る。

 まるで、死に体に『命』が宿るように、体の底から力が湧き上がってくる。

 絶望を超えて。

 哀しみを超えて。

 心の痛みも膝の震えも、全てを打ち消して。

 俺は蘇った観客達と共に、魂の咆哮を上げた。




『『『『すまいるピエロてめえええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!』』』』




 沈黙した会場を破壊するような怒号が、絶望の中から噴き出した。


「な!?」


 これに最も驚いたのは、太平寺だ。三日月のように細めた目を見開いて、怒りを爆発させた観客達を見まわしてる。

 さっきまで、自分が大好きだったゲームの成れの果てを見てしまって絶望しきっていた者達の発した急激な『命』に、戸惑うのは当然だ。


「何……一体何が起こっているの!? 一体何をしたと言うのよ!」

「単純な話よ、太平寺」


 剛迫は、もう息も絶え絶えだというのに、腕組みをして焦る太平寺に向かい合う。


「貴女は思い出を殺すゲームを作った……。思い出を殺して、プレイヤーを心の底からの絶望に叩きこむゲームをね! ――そして奇しくも、私達はその真逆を行くゲームを作ったのよ!」

「真逆……?」

「これは、『思い出を蘇らせるゲーム』!」


 そう。

 怒号を発する観客達も、それに気が付いたのだ。

 そして俺と同じように思い出を蘇らされ、今こうして怒り狂っている。

 あるゲームでは最大のウザったい敵となった、赤いコウモリを目にして。

 あるゲームでは最悪の攻略不能トラップとなった吐瀉物のような色をしたでっぱりを目にして。

 あるゲームではゲームバランス崩壊級の時間制限を映し続けたタイマーを目にして。

 要するに――すまいるピエロのゲームに関する、トラウマを抉っているのである。


「こんなこと……! たった一度の怒りなんて、わたくしが与え続ける絶望の輪廻を超えられるわけがないわ! 今すぐに再度の絶望を――」

「無駄よ、太平寺! 一度、原作殺害という絶望を超えた彼らをまた凍り付かせるなんて出来るはずはないわ! ――一度冷たい絶望に沈もうと、熱い心で立ち上がれば……! 人は前に進み始める! 前よりも遥かに強い力でね!」

『すまいるピエロ―!』

『てめえよくもーーーーー!』

『俺の時間を返しやがれええええ!』


 客席から巻き起こる罵倒の嵐。

 だが、生命力のシャワーを浴びに浴びた剛迫の『命』は止まらない。


「クソゲーっていうのはね……。最低のゲームなのよ。酷く傷つけられて、酷く時間を貪り食う、最低の魔物」


 怒りの渦の中。

 生命の力の中で、剛迫はその目をぎらつかせる。

 魔道に堕ちたクリエイターに、魔道の求道者が詰め寄る。


「でもね。最低だからこそ、人の思い出として残り続ける。その時の怒りと苛立ちを……! 絶望を超える為の『命の力』を、未来にまで残し続ける! それが、クソゲーなのよ!」


 もう引きちぎれそうであろう腕を振るって、怒りに満ちた会場を示す剛迫。


「貴女の与える絶望が『命の力』を奪うならば……! 私は怒りを以て、『命の力』を呼び覚ますわ! 希望を与えるのではなく、希望を掴むための力を与えるゲーム! それこそが、スマイリー・サーカスの真の姿、スマイリー・サーカス・イリミネイトメモリーズ! それこそが私達のゲームよ!」


 剛迫の主張に応えるように、観客席の中に変化が訪れたのを俺は見逃さなかった。

 思い出を蘇らされ、それを口々に罵倒していたかつてのプレイヤー達の何組かが、互いに顔を向けあっている。

 そして少しだけ何度か言葉を交わすと、弾けるような笑いが起きる。

 かつて自分が受けた苦しみを、同じく味わわされた相手として。

 見知らぬ人を、互いに苦しみを乗り越えた戦友と見なして。

 さながら花火のカーテンに着火したかのようにそれはぐんぐんと観客席に広がり、いつしか怒りの形相の壁は、同じくらいの笑みの壁に変わっていた。

 互いが互いにすまいるピエロのゲームを罵り合い。

 それを共有して、互いに笑う――

 その眩しい光景に、さっきまでの絶望はもう見られない。

 燃え上がる炎の蝶は、万人を捕らえる土蜘蛛の巣を焼き払ったのだ。


「……!」


 人を笑顔にするクソゲーを作りたい。こいつの夢だ。

 その夢の片鱗は、既にこの会場に満ちている。

 これこそが――お前の目標か。

 すげえよ、お前。

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