第64話
「その程度で勝ったつもりかしら? 剛迫さん」
すでに太平寺は、自分の場所に戻っていた。
突き刺さるUSBをじろりと睨んで、こいつにしては珍しいであろう苛立ちの色を露骨に浮かべている。
「わたくしはまだ、パッチ適用も災禍覚醒も使用していない。貴女は今、パッチ適用を使用したに過ぎない……。それで、この状況を打開出来ると? 会場はすっかり、わたくしの振りまいた絶望に包まれているようだけど」
「ええ。そうね。冷たい絶望に包まれているわね……。散々思い出を蹂躙されたのだもの。それはそうよ」
「つまりわたくしにとっては大戦果ということ……。そして、見なさいな。あの審判達の、絶望しきった顔を。思い出の成れの果てを見てしまった、世界の終焉を知ってしまった預言者のような顔をね。どう見ても、わたくしの方が圧倒的に劣っている。この絶望に凍り付いた世界を融解させるだけの希望の力が、貴女のゲームにはあって?」
「……希望の力? 何を言ってるの? そんなのあるはず無いでしょう? よく考えてごらんなさい、私達のゲームは何?」
「……?」
語っている間に、スマイリー・サーカスに変化が起きていた。
今は火の輪くぐりのミニゲーム。今まさにライオンをジャンプさせようとムチを振るう調教師だったが。
急に目の前に現れた敵によって、そのムチを阻止された。
「何!? さっきまではこいつは……!?」
「あれは……」
その敵は、丸くてコミカルな見た目の、いかにも四十八願がデザインしそうな敵キャラだった。
俺はこのゲームを初めて見たはずなのに――そのデザインに、記憶が疼く。
俺の中に眠っていた感情に火が点火され、ふつふつと表面が揺れ始める。
「お、おい、今の……」
「ああ……そう……だよな?」
観客席からもどよめきが。
「私達のゲームはクソゲーよ。与える感情はマイナスの感情でしかないわ」
「そうね。だから何? その中に絶望を祓う感情があるとでも――」
「あるわ。そして、エヴォリューションを開放した私のゲームが与える『それ』は……最強と断言する」
見ている間にも、映し出されるエヴォリューションによる変化。
ジャグリングを定期的に妨害してくる、赤色でやけに機動力の高いコウモリ。
ピエロの玉乗りの障害物となっている、吐瀉物のような色をした不愉快なでっぱり。
マジックショーのタイムを表記する数字の異様なまでの減りの速さ、丸みを帯びた独特のフォント。
「何よ、ちょっとエフェクトや敵が変わっただけじゃない。……それでいい気になっているのなら、見せてあげるわ。わたくしのエヴォリューションもね」
右手を掲げ、漆黒色のUSBを取り出す太平寺。
USBスロットの台座がせりあがり、太平寺は詠唱を開始した。
「栄光の名を持つ復讐鬼よ、赦しを与える。憎しみが故に染め上げろ。殺意が故に染め上げろ。想いが故に染め上げろ。その身を黒く漆黒に。その身を紅く紅色に」
USBを挿し込むと、虹色が乱舞する。
「グローリー・US セカンド・パニッシュエディション、解放」
静かな詠唱だったが、その身に纏う禍々しさは一層闇を深めていた。
エヴォリューションを解放したグローリー・USに、今のところは変化は見られない。しかし太平寺は余裕の表れか、顎に手を添えて言う。
「初めに言っておくわ。まず、わたくしのゲームはクラッシュなんてしない完璧なデバッグを行っている。そしてこのパニッシュエディションは……敵が全て過去の味方になっているわ」
町民、住民含め。ありとあらゆる過去の味方を、自分が殺す。
喜々として語る太平寺の深緑の目が、錯覚だろうか――8つに分かれているように見えた。
「愛しい人を自ら殺すその痛みに耐えられるかしら!? 愛しい人が死んでいく絶望に耐えられるのかしらね、ここにいる人間は! 貴女はそれに――」
「絶望するのが人間なら。絶望を乗り越えるのも人間よ」
凛と、剛迫は立ちはだかった。
「貴女の与える絶望……確かにそれは深い絶望を与えるかもしれないわ。だけど、人間は絶望してばかりではいないのよ」
「負け惜しみを言うわね。この極大の絶望を前にしてどうしようというのよ」
「絶望は、すなわちゼロの望み。――限界点がある、有限の力。どれだけ絶望を与える要素を詰め込んでも、ゼロはゼロにしかならない。それ以下にはならない、頼りない力よ! 極大の絶望なんてありえないわ!」
「何を……?」
「見せてあげるわ……! 絶望を超える、無限の力をね!」
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