第63話

 その奥にある肩を引っ掴み、無理矢理立ち上がった。


「!」

「お前の言うことはもっともだな、太平寺!」


 俺の掴みが唐突だったためだろう、太平寺はバランスを崩して片膝を突いた。

 俺は引き換えに直立する――また立ち上がってしまえばこっちのものだ。


「確かに、あいつはクソゲーばっか作るような奴だよ……! そしてお前は、今後最高のゲームばっかりを作るような、ゲーム界の宝かも知れねえ! でもな、俺は……! 俺を、てめえにやるわけにゃいかねえ!」

「何で……何でそんな真似を!? 貴方は、わたくしとのこれからよりも……あのクソゲーメイカーとのたかだか数十分を取るというの!?」

「そうだよ! 俺は今後のお前との時間を捨てて! あいつとの数十分を取る!」


 俺の走りは、最早走りとも言えない速度だったが――確実に剛迫との距離は縮んでいく。

 口の中に溜まった血は吐き捨てて、全身を引きずって――今なお腕を掲げようとする、剛迫 蝶扇の元に向かう。

 俺の最大の敵・クソゲーを生み出す権化の元へ。

 俺の最大の友・良作を生み出すクリエイターを捨てて。


「理解出来ないわ……。何故この期に及んで、そんなことをするのか! 何のメリットも見えないわよ、一鬼君! 一体何故そんなことを!」

「決まってんだろ! そもそも俺が……! 何でこんなとこまでこいつと付き合ってると思ってやがんだ!」

「……!?」

「そいつぁ……!」


 霞む意識のせいだろうか――昔の光景が、フラッシュバックする。

 影山と話す俺。ゲーム機を持って、適当に返事を返している俺。

 そして、そこにやってくる、美しい影――。

 いつでも強く、優しい。

 まるでお姫様のような奴――




「俺がこいつのこと……! 好きだからだよ!」




 俺は遂に、剛迫の腕にたどり着いた。






「一鬼君……!?」

「何やってんだ、お前……! さっさと勝負、決めちまえよ……! フラフラじゃねーか……!」


 誰かの腕がここまで頼りなく感じたのは、初めてのことだった。

 蓄積したダメージは、本当にかなりのものなのだろう。筋肉がぴくぴくと痙攣していて、見ていられないほどだ。


「あ……貴方こそ、酷い血よ……。さっき、何かを叫んでたけど……そのせいじゃないの……? あんまり興奮しすぎないで……」

「うっせえ……」


 何気に、さっきの勢いに任せた言葉を聞いていなかったのか……。運が良いのか悪いのか分からない。


「それより、さっさとやるならやれよ、災禍覚醒でも、エヴォリューションでも……! 俺がお前の手を上げてやっから……」

「……ふふ」

「剛迫?」

「……いえ。なんか、ふとおかしくなっちゃって。――ここまで協力してくれるんだなあってさ」

「あ?」

「あんなにクソゲー嫌いだったから。正直言って、この大会で貴方がこんなに協力してくれるだなんて思ってなかったわ。そんなボロボロになってまで……」

「いや、それは……」

「ええ、分かってるわ。私、とても嬉しい」

「……!」

「一鬼君が、クソゲーを好きになってくれて」

「そこじゃねーよ! そういうことじゃねーだろ! お前はどんだけクソゲー好きなんだよ、幸せな方向に曲解しすぎなんだよ!」

「え? ……違うの?」

「真顔やめろこいつ」


 ったく。最後の最後まで変わらねえな、こいつは。

 だが――俺は思わず吹き出してしまう。


「ふ……ふふふふふふふ……フハハハハハハハ!」

「ど、どうしたの!?」

「いや……何でもねえよ。――それより、さっさと見せろよ。お前の、お前達の……集大成とやらを」

「そうだったわね。じゃあ……お願いするわ。リストバンドから、USBを出して」


 俺は剛迫のリストバンドに手を滑らせた。

 中にある、確かな手ごたえ。

 乾坤一擲の力――秘められた黒翼を開放する――希望の鍵。


「ほらよ」

「ありがとう。じゃあ……いつものポーズ、取らせて」

「ああ」


 俺は剛迫の腕を支えて、天に掲げた。

 司会すら阿鼻叫喚の渦に巻き込まれた地獄の中でも、装置は感知して作動するらしく、USBスロットがせりあがってくる。


「一緒に言ってみる?」

「……一回だけだぞ」

「ええ」


 地獄の中、いつくかの視線を感じる。

 俺達がエヴォリューションの使用宣言――その動作をしたことを見たためだろう。

 瞬間、両方の画面にポーズがかかり。

 視線は一気に、俺達に集中した。


『スマイリー・サーカスよ! 我は命ずる!』


 どちらが合わせるわけでもなく、自然と声は重なり合う。

 地獄の間隙に、悲鳴は凪のように止んで――その中を、俺達の声が通り抜ける。それは観客からすれば、悪魔を払うために遣わされた軍隊の鬨の声にも似たものだったのだろう。

 だが、残念だったな、観客共。

 俺達の『コレ』は、つまり――

 更なる地獄を産むだけの、クソゲーだ。


『今、理の繭を破り! 光を鎖す、黒翼の蝶となれ!』


 虹色の閃光が迸り、『パッチ適用』の文字が乱舞する。

 解放される切り札。真の姿を取り戻す、悪夢のサーカス。

 その演目たるや果たして――俺にも分からない。

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