第59話


 ――或る6歳の少女は、ノートと共にあった。

 ノートにびっしりと書き込まれていたのは、自分が作りたいゲームのシナリオやキャラクターの設定だった。

 少女は、いつかこれを形にしたいと願っていた。

 それは、何年も何年も変わらずに抱き続けた、大きな夢。

 歳を経るごとに何度も消しゴムをかけて洗練される設定。

 何時の間にか頭の中で歩き回り、独立していくキャラクター達。

 少女は、この夢を支えに生きていた。

 ゲームを与えられるだけの、冷たく淡白な親の愛情。

 クオーターの血が与えた異色の目と髪がもたらす孤独。

 それらの辛さを忘れることが出来たのは、この夢を見ていたから。

 そればかりを見つめていたから、荒涼とした周りを見なくて済んでいた。

 だからこそ、ゲーム・フロンティアの発売は。彼女にとっては夢の顕現そのものだった。

 愛情の薄い両親は無条件に買い与えてくれた。それは、面倒な献身を伴う愛情の代替品になり得ると勘違いしていたからだ。

 少女は夢中で作り続けた。夢の中でなお夢を見ていた。

 頼もしい先輩を師と仰ぎ、自らの夢を実現する力を得、ついに夢は電脳世界に仮初めの骨肉を得た。

 発表することに躊躇いはなかった。それだけ、自分は夢を見続けてきたのだから。その根拠だけで十分だった。

 人気が高まり、頂点の座を掴むことも当然だと思っていた。

 自分自身そのもののような、分身のような我が子なのだから。

 だからこそ、彼女は批判が許せなかった。

 ろくな根拠も持たず、口ばかりが達者で、叩きたいだけの輩のコメントやメールには心底憤慨し、過ちを犯した。本気の怒りを、吐き出してしまった。

 頂点に立つ者の過ち――転落の傍観は、そうでない者にとって最高の娯楽となりうる。

 叩かれた。

 人格を否定されて。

 ゲームを否定されて。

 夢を否定されて。

 完膚なきまでに否定された。

 自身の全てだった我が子を、無条件に否定された。

 クソゲーだと言われた。

 嗚呼、そうか。

 自分はこんなに面白くしたつもりなのに。それでもクソゲーって言われるんだ。

 ゲーマーっていうのは、そういうものなんだ。

 少女の発言以来、ゲームに関係ないバッシングまで含めて非難に染まるコメント欄。

 彼らはゲームなど、どうでもいい。

 どんなに努力して作っても、どんなに思いを込めて作っても、ゲームをまともに見てくれない。

 ――憎い。

 憎悪が支配するのに時間はかからなかった。

 ただ、憎い。自分の夢を潰すこいつらが。自分の世界を犯したこいつらが。

 それなら、構わない。少女は暁に、頬を吊り上げた。

 それならば。本物のクソゲーにしてやる。

 お前達の中にあるこの子との『思い出』を、殺してやる。

 全てはお前達のせいだ。不特定多数のお前達を殺すための、不特定多数に対する攻撃を仕掛けてやる。全てを道連れにしてやる。

 そう誓った少女は、深緑の目に狂気を映して。

 今、この舞台に立っている。






「嫌だああああああああああああああああ!!」


 一層大きな悲鳴が観客席から上がった。

 見ると、一人の男が錯乱状態に陥って、出口でない場所を目指してがむしゃらに走り回っている。

 無理もない。

 グローリー・USは、ゲーム・フロンティアを持つ人ならば、誰もが一度はプレイしたことがあるはずのタイトルだ。

 確かにネットに流布する作者の評判こそ最悪だったが、そんなことは関係ないとプレイする人は大勢いる。純粋に作品を好きになった人の方が、心無いコメントを残す人間よりも遥かに多いのだ。

 その大多数の前者にとって――この現実は、筆舌に尽くしがたい苦痛だ。

 まだ中身は分からないが、その荒涼としたタイトル画面はさながらグローリー・USを埋葬する墓標のようで、中に秘められたものの邪気を否が応でも感じさせる。

 恐慌状態に陥った審判を見届けた太平寺は、残虐に嗤った。


「素晴らしい効果ね……。ふふふ。この場にふーちゃん先輩がいないのが本当に残念だわ」

「貴女、ふーちゃんにも同じことをさせようとしていたの?」

「ええ。そうよ。ランキング1位と3位が、同時に最悪の続編を出す……。これで受けるゲーマー共のショックは、さぞかし計り知れないものになるでしょう? だからわたくしは、是が非でもふーちゃん先輩を引き入れたいの」


 貴女をこの場で、ズタズタに破って。

 ふーちゃん先輩を取り戻す。


「まあ……実際、それはついでのようなものだったけれどね。今でも、この影響力は十分みたいだし」


 剛迫は何故か、ここまで一切の無言だった。

 何の感情も見えない後ろ姿が、逆に不安を加速させる。


「どうしたの? さっきから何も言わないで。戦うのが怖くなったわけじゃないわよね?」

「……あのねえ。太平寺さん。貴女、さっきから私にやたらと因縁を吹っかけてくるけど……。私の率直な感想を言っていいかしら。貴女、何をやってるの?」

「何をって? 見ての通り。わたくしはわたくしのゲームの続編を作ったに過ぎないわ。――グローリー・USをプレイした人間ならば誰もが絶望するような、最低の続編よ」


「太 平 寺  暁 舟」


 ジリ、と音を立てて、俺の肌が焦げた――そう錯覚させるほどの熱気を、剛迫が放出しているかのようだった。

 そして、こいつが誰かを『呼び捨て』にしているという異常事態に、俺は瞼をこじ開けて括目してしまう。


「私はね。ゲームというものが好きよ。ええ、そりゃあもう、この世で最も素晴らしいものだと思っているし、クソゲーも良ゲーも含めて、全てを愛していると言ってもいいわ。だから私はどんなゲームに対しても、私なりに敬意を払っているつもりなの。博愛主義なんて言う気は無いし、見境の無い動物愛護団体のようにそれを侮辱する人間を執拗に責め立てるような真似は決してしてこなかったつもり。何故なら人の価値観は人それぞれというのも理解はしてるし、人の境遇を自分が味わうことも決してできないことも分かっているわ。だから私は貴女に何があってどうなって、どういう心境でどのような出来事に遭遇して、どうあってそうなって、これからどうしてどうしたらどうして、最終的にどうしたいのか、そんなの全然分からないことを受け入れる。だから基本的には、貴女のやりたいことを否定する権利なんて持っていない、一介の部外者であることをしっかりと呑み込んでいるつもりよ」


 恐ろしい早口でまくし立てる剛迫は、黒き蝶の翼のような髪を怒りに靡かせる。


「でもね。その私でも、たった一つだけ、絶対に許せないことがある」


 それは。

 人の美しい思い出を、土足で踏みにじること。

 それは、人の思い出に残るゲームを作りたいという剛迫 蝶扇という女の、静かで激しい一言だった。


「貴女は、そのたった一つの私の逆鱗に触れた……! 受けて立つわよ、太平寺 暁舟! 私は絶対に貴女を許すわけにはいかない! 必ずや貴女を打ち破って……! その野望を砕いてみせるわ!」

「いいわね……。その意気よ。活き活きしてるものを殺してこそ、その死には価値があるわ」


 灼熱の怒りの炎と、厳寒の憎悪の吹雪。

 そのぶつかり合いを以て、クソゲーバトル・エクストリーム・イン・インフィニティアリーナは――その真のゴングを打ち鳴らすのだった。

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