第58話

 タイトル画面が表示された。

 その時点で会場の人間の全てが戦慄し、時間が止まってしまったかのような静寂が会場に満ちる。


「……?」

「嘘……?」


 戦慄だった。

 ほんの短いロードを終えて、俺達ゲーマーの前に公開されたタイトルは。

 『グローリー・US セカンド』。

 ゲーム・フロンティア1位の座を手にした、名作中の名作のナンバリングタイトルだった。


『太平寺選手! こ、これは! これは反則ですよ!?』


 瞬間、かみついたのは司会だった。


『貴女、規約を読んでいないのですか! 他人のゲームの続編を勝手に作成する、他人のゲームをクソ化して出すことは紛れもない違反行為です!』


 会場全体がどよめいていた。

 こんなのありえない、何て女だ。今すぐ反則負けにしろ。こんな怒りに満ちたヤジが飛んでくる。それはそうだ、グローリー・USは紛れもない超名作で、それをプレイした人間はこの空間に何人もいる。それが今、汚されようとしているのだから。

 だが、俺の戦慄は収まらない。

 あの太平寺がそんなミスを犯すとはとても思えない。

 そして何よりも、あいつは――鬼才・不死川 紅の弟子なのだ。


「他人のゲームの続編を出してはいけないのでしょう? 勿論知ってるわよ?」

「じゃあ、何でこんな!?」

「それは無論……」


 太平寺は嗤った。

 憎悪と悦楽がない交ぜになって、見るものを瞬時に竦めさせる笑み。





「わたくしが、グローリー・USの作者だからよ」





 時間が止まったかのようだった。

 たらりと俺の頬を汗が伝う。司会も冷や汗を数滴顔に浮かばせていて、目を見張っていた。

『あ……貴女が……グローリー・USの作者……? し、しかし! アカウントが……』

「二台持ってるのよ、私は。グローリー・USを作ったのは、メインのゲーム・フロンティアの方……。今、ゲーム・フロンティアの本体を持ってきてるから、証明しようかしら。開発データをそのままスクリーンに映してあげるから」

「……!」


 ガタガタと震えだす司会を見て、満足げに目を三日月にする太平寺。

 観客席は未だに沈黙。これから起こる惨劇を予感し、青ざめている。

 この『クソゲー』の大会に、名作の続編が出る。

 其れはつまり――


「前作殺害だああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 誰かが耐え切れずに声をあげ。

 それが恐怖の堰を切り、まるで殺人が目の前で起こったかのような巨大な悲鳴の渦に包まれた。


「あ……い、嫌だ、嫌だあああああああああ! 嘘だ、嘘だ! こんなのがあのゲームの続編なんて!」

「うわあああああ、見たくない! み、道を開けろ、俺は出る! 逃げる!」

「逃げろ、避難経路はこっちだあああ!」


 阿鼻叫喚。

 悪夢の顕現に、全体の3割近い観客が出口に殺到した。

 その地獄絵図を眺めて満足げな太平寺。


「ふふふ、もう遅いわ。ねえ? 剛迫さん」


 悲鳴と足音の中を通す黒い槍のような声だった。


「もはや、これで彼らの中のグローリー・USは死んだも同然。どんなゲームかは分からず仕舞いだけど、クソゲーとして作られたナンバリングタイトルという烙印は一生消えないままだわ」

「……何で……」

「?」

「何で、こんなことを?」


 剛迫の声は、森の中の湖面のように静かだった。

 太平寺は致死量レベルの殺気を抑えようともせず、答える。


「何で……何でですって? 決まってるじゃないの、そんなの。貴方達がこれを望んだからよ」

「私たちが……?」

「ええ。そうよ……。だって、貴方達言ったじゃない。わたくしのこのゲーム、クソゲーだって」


 声のトーンが低くなっていく。

 俺は思い出す――グローリー・USの、荒れに荒れたコメント欄。嫉妬から来る罵倒や荒さがしの数々を。


「わたくしが子供の頃から夢見た、あのゲームのことを……ろくにプレイもせずに、罵倒してくれたじゃない?」

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