第57話

 そして体にダメージ布を貼り付けると、剛迫(ごうさこ)はとことこと軽い足取りで太平寺のもとへ。


「よろしくね、太平寺さん。びっくりしたわ、貴女も出場してたなんて」

「わたくしは驚きはしなかったわ」


 そりゃあ、な。

 太平寺の言葉は、まるで俺を挑発しているかのようだった。


「でも、勝負は勝負。正々堂々と戦いましょう」

「……」


 差し出された右手を取らない太平寺。

 不意にステージに満ちる不穏な空気に、観客席からもどよめきが上がっている。


「どうやら貴女は――本当に自覚をしていないようね。己の罪を」


 それは、俺と剛迫の罵り合いを封じた時と全く同じ『気』だった。

 全身が鳥肌を立て、寒気が襲い掛かる。

 自分以外の発言を一切許さない氷のような威圧に、俺は思わず一歩退いてしまった。


「……罪ですって? 申し訳ないけれどもね、太平寺さん。何のことか私、さっぱりわからないわ」

「貴女が気安くふーちゃんなんて呼んでる、ふーちゃん先輩を奪ったでしょう?」


 このわたくしから。

 感情を見せてこなかった太平寺は、染み出させるようにその怨嗟を放出し始める。


「貴女は理解していないわ……ふーちゃん先輩の価値を。あの至宝のような才覚の塊を、貴女は奪って落とした。酷いゲームを作るため、なんて最低の理由でね」


 だからこそ、わたくしは。


「貴女を完膚なきまでに叩いて、二度と浮かび上がれないようにしてあげるわ。その過剰な自信をへし折って、わたくしはふーちゃん先輩を必ずや取り戻す」


 体に纏う喪服は、まるで太平寺の闇を体現するかの如し。

 その闇と恨みと怒りを一身に受ける剛迫はしかし――

 ふっと笑って、右手を下した。


「それは……ついで、でしょう? 太平寺さん」


 其れは黒い濁流に抗う白竜のように。

 怯むことなく詰め寄る剛迫。


「なんのことかしら? 貴女が、何を分かると」

「わかるわよ。貴女が見ているのは。貴女が今、憎しみを向けているのは……私だけじゃあない。それに、まだ貴女は抑え込んでいるわね。自分の、はち切れんばかりの憎しみを」

「……」

「私がふーちゃんを奪ったのが憎いと言ったわね。でも、本当にそれだけなのかしら? 今の貴女を鏡で見てごらんなさい。まるで、世界中の人間を呪ってるみたいな顔をしているわ」


 太平寺はふっと毒の霧のようなため息をついた。

 太平寺は目を細めて、出来の悪い生徒を見るような瞳で剛迫を見つめた。

 太平寺は喪服を正して、姿勢を正した。

 太平寺は――

 会場全体の人間を滅殺せんとばかりの、殺気をむき出しにした。


「!?」


 はっきりと、観客席から悲鳴が聞こえた。

 この距離ですら死の恐怖を与えるほどの憎悪の気は死神そのもののようで、恐ろしさを遥かに超えて『おぞましさ』すら感じさせる。

 無表情の太平寺は踵を返し、自分の立ち位置に戻るが、その殺気は収めようともしなかった。


「早く始めましょう、剛迫 蝶扇。わたくしは一秒でも早く、試合を始めたいわ」

「……」

「は や く な さ い?」


 ここまで憎悪が高まると、最早それは重力魔法の領域だった。

 ここに座っていることすら辛く、頭を上げることすら気力がいるほど、今の太平寺の憎悪はすさまじい。

 一体何が、今の太平寺の憎悪を作ったんだ?

 こいつの目的は一体何なんだ?


「ええ、言われずとも、早くするわ! 行くわよ、一鬼君! ラストバトル、スタートよ!」

「ああ!」


 太平寺 暁舟VS剛迫 蝶扇。

 共に俺のゲーマー仲間なのに、今は争いあう――。そう思うと、虚無感に似た無力感が襲い掛かる。

 だからこそ、俺は見届けなければいけない。

 この戦いの果てを。剛迫の、最後の戦いを。夢の道程を。


「えー……で、では! は、はは、始めたいと思います! クソゲーバトル・エクストリーム! イン・インフィニティアリーナ! 決勝戦・『すまいるピエロ』VS『LOST』!」


 レッツゴー!

 クソゲーバトゥ!

 審判の号令とともに開始される最終決戦。

 だが、それは――想像を絶する地獄の門を、勢いよく解き放ってしまったも同然の行為だったことを。俺達は数分後に思い知ることになる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます