第60話

 グローリー・US セカンドと対抗するゲーム。

 ゲーム画面のスクリーンショット一枚、タイトルの一文字すらも教えられていなかった俺は、今この場でモニターに映ったタイトル画面で初めてその名を知ることになった。


「……スマイリー・サーカス」


 微笑みの道化師、その最終局面で打ち出したゲーム。

 その名は、微笑みのサーカス。

 まさに、最後の戦いに相応しい名を冠するゲームだった。


「ふふふ……スマイリー・サーカス。貴女達の名前にちなんだのでしょうけど、皮肉な名前よね? 剛迫さん」


 グローリー・US セカンドもついにゲームプレイが選択されたのを見届け、太平寺が嘲る。


「だって、ただ一人、参加出来ていないじゃないの。そのサーカスとやらに。座長とライオンと、喚き立てるピエロしかいないサーカスよ。そんなもので対抗するつもりなのかしら?」


 うるせえ――

 早々の挑発に握りこぶしを作ってしまう俺だが、剛迫は早くも落ち着きを取り戻している。


「いいえ。そうでもないわよ……。太平寺、一鬼君を舐めちゃあいけないわ。彼は最高のゲーマーなのよ」

「だから何よ。それで貴女のゲームをプレイしないでテストしていたとでも? 下らない話ね……。そんな戯言をいつまで言っていられるかしら? この悲鳴の中で」


 太平寺が静かに指を鳴らすと――

 まるでそれに操られるかのように、『ぎゃあああああああああああああああああああ!』と審判席から悲鳴が上がった。


「う……嘘だあ!? ぜ、ぜん、前作の、ヒロインが……アリスチャーちゃんがあ!?」

「ぜ、全然知らない男とくっついているだとおおおおおお!?」


 初激からの絶大なインパクトに、会場中から悲鳴が上がった。画面上にあるその信じがたい光景を前に、俺も思わず叫びだしそうになる。

 現在は物語のプロローグなのだが、その文面がこれまた強烈。


『あの戦いから数年……フェルニスと永遠の愛を誓ったはずのアリスチャーはしかし、彼との刺激のない結婚生活に早々と飽きてしまった。彼女は彼に内緒で男漁りを続け、その果てに生活の安定を目的に20歳年上の男性と不倫をする……。燃え上がるような恋を思い起こさせる彼との禁断の関係に溺れる彼女の頭からは、徐々にフェルニスの姿が消えていく……』

「あ……ああああ……ああああああああ! お……俺のアリスチャーがビ○チ化だとおおおおおおおおおおおおおお!?」

「あ、あの清純で純粋だった……ア、アリスチャーが……! ぐあああああああああ!」

「た、大変だ、気絶してるやつがいる! タンカタンカ!」

「こっちもだ! くそ、こっちのこいつも過呼吸を起こしてやがる! おい、しっかりしろ!」


 阿鼻叫喚の混声合唱。

 無理もない。前作において圧倒的な人気を有したメインヒロイン・アリスチャー。人がこのヒロインを受け入れた理由は、そのまっすぐに主人公を愛する純情と、清廉潔白な心にこそある。

 それが、たった数年でこんな生々しい行為に走ってしまうなど――たとえ特別彼女のファンでなくとも、目を覆いたくなるような事実だ。


「男性に関してふしだらな女を、男達は望みはしないわ。それが、かつての清純な姿を知っている相手ならばそのショックはどれほどかしら……。これが、第一の罪・『色欲』」

「ごはっ!」

「一鬼君!?」


 俺でも信じられないことだが、一瞬で溜まったストレスで内臓がダメージを受けたらしい。口から鉄の味がにじみ出る。足元が真っ赤に染まり、剛迫が駆け寄ってきた。


「く、来るな! お前はお前の戦いに集中しろ!」

「一体何をされたの!?」

「すまねえな、剛迫……。男ってのは、ああいうのに弱ぇ……! とことん弱ぇんだ、分かってくれ……!」

「凄い形相……。わかったわ。でも、無理をしないでね」

「お前もな」


 これで次に以降するのがベッドシーンならば俺を含めた数十人は死んでいたかもしれないが、そこは太平寺の意向なのか、浜辺のシーンが映る。何者かが打ち上げられ、誰かがそれを助けに行く様子が描かれている。

 よかった、これで普通に始まる……


「第二の罪」


 不吉な詠唱が、俺達の精神を穿つ。

 駆け寄った男のセリフ枠には『フェルニス』。

 前作の主人公というだけで、嫌な予感がじわじわとにじみ出てくる。


『ひっひっひ……、い、いい、キラキラ、持ってる……お、おで、おでが見つけた……ひっひっひ、おでの、もの、おでの……』


 血が逆流してくるのを喉で感じながら――

 太平寺の無慈悲な詠唱を聞くのだった。


「『強欲』」

「ごばはっ!」


 俺はついに膝を突いてしまった。腹のどこそこが、焼けるような激痛に襲われて、全身が震えている。

 これは正直言って、予想外だ。

 予想以上に最悪の、前作殺害のオンパレードだ。

 あの誇り高くてかっこよく、誰よりもステータスが高くて頼もしかった主人公が、こんなハイエナ紛いに身を落としている。しかも一人称まで汚く、トドメは見る影もない小汚い男のアイコン。

 絶望の叫びが観客席から上がり、審判席からも苦痛の声が響き渡る。

 凄絶で壮絶だ。

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