第五章 「魂」

第54話

「あたたたたたたァ……」


 医務室で、剛迫(ごうさこ)が自分の両腕を抱いていた。


「うー、いっちちちちち……。ほんっと、結構エッグイダメージ与えてくるわよねえ、アレ……本当に痛いんだけど……」

「次からは適正レベルでやれよ。6まで上げやがって」

「6? 9じゃなくて?」

「あ、すまん、間違えた。そうだったな」


 星見さんとの戦いではレベル9にしていた。剛迫はダメージ9の状態で戦った。イイネ?


「……っていうか、ずっと言いたかったことだけどさ。なんか一鬼君、あの戦いで感覚大分マヒしてなかった? あのオッサンがいちいちキーボード叩き割ったりしてもあんまり反応してなかったし。ただ押すだけじゃダメなのかってずっと思ってたよ。無駄な動き多すぎでしょ。第一何で最後変身してんの? 何で怨霊操ってんの? あの筋肉意味あるの?」

「止めてふーちゃん! メタい! メタいよ! いいんだよ、会場が盛り上がってたじゃん!」

「……わりと純粋に疑問なんだけどね。一鬼君に対する嫌がらせ目的9割だけど」

「割合たけえな」


 流石我らの外道担当。人間のクズめ。


「にしても、次の戦いを見に行かなくていいのか? 次に戦う相手なんだから傾向くらいは……」

「んー、傾向っていってもねえ……。私もヨイちゃんもダメージ大きいし、ふーちゃんはどうせ頼んでも行ってくれないしだから、見に行く人がいないのよね」

「何で俺をハブッた?」

「え? ……あ、ごめん! 素で忘れてたわ!」

「さっきまで話しておいて酷すぎるなお前」


 こいつはつくづく、ナチュラルに人を傷つけるタイプだ。俺はイバラの森にでも迷い込んでしまったのだろうか。


「んじゃ、俺は偵察に行ってくるからな」

「待って、イッチー! 外に出るならお茶買ってきて、お茶!」

「……サーティーセブンアイス」

「じゃあ私は、クリームパン所望するわね!」

「お前ら絶対に互いの腹を窺ってたろ!? 外に出た奴に全部押し付けるために!」

「ノーノ―、アタシ怪我人。ウゴケナーイ」

「私も、ねー? 痛いから、体がさ」

「……」

「とりあえず不死川のは買ってこないからな」


 ガーン、とシリアスなショック顔を浮かべているが知ったこっちゃない俺は、財布を持って医務室から退出する。

 第二回戦の組み合わせは、共に――ランク6同士。言ってしまえば格下同士の戦いだ。

 だが。

 このうちのどちらかが――開発室への不審者から始まる、暗く大きな影の本体であることは明白だ。

 星見さんは正面から正々堂々と戦いを仕掛けてくる、クリエイターとしての鑑のような人物だった。剛と剛でぶつかり合える戦い、剛迫にとっては最も戦いやすく、自分の全てをぶつけられる相手だっただろう。

 だが次の敵は――策謀を巡らせ、張り巡らせた己が巣に絡めとる。奈落の鬼蜘蛛のような相手であることは想像に難くない。

 きり、と奥歯が鳴った音が、静寂の廊下に。

 勝ちたい。

 勝たなければ、いけない。

 そんな手を使ってくる相手には、是が非でも。

 ジャイアント・キリングの後は勧善懲悪――とまではいかないが、たとえどんな相手だろうと、正々堂々と来ない相手は頭にくるのが人情というものだ――


「……あら」


 脳裏に、蜘蛛の巣が音もなく張り巡らされる。

 ゾゾっと悪寒が走る、この空気――一緒に居続ければ、体の内部から凍らされると思ってしまうほどの氷点下のオーラには、何度も何度も覚えがある。

 だが、まさか?

 こんなところにまで、何で!?


「太平寺……?」

「ええ、太平寺 暁舟よ」


 太平寺は何故か喪服のように真黒な服を纏っていて、それこそ影法師を思わせる出で立ちである。

 戸惑う俺を見て愉しむように、深い沼のような緑色の目が、弧状に笑う。


「い、一体こんなところまでどうしたんだ? 何をしに?」

「何って。親愛なる友人が大会に出ているのを応援しに来た……っていうことで、まず最初に処理されると思うのだけど?」


 応援。応援か。

 しかし――何だこの悪寒は。確かに太平寺は俺の大事なゲーマー仲間のはず。

 が、俺の足は動かない。

 蜘蛛の巣を目の前にした羽虫の気分だ。

 太平寺 暁舟という存在に近づくことを『危険』と見なしている。


「まあ、警戒されるのも無理はないわ。ストーカー扱いされて不気味がられるのも困ってしまうわね」

「……?」

「いいわ。それならば貴方の恐怖を解くためにも、単刀直入に教えてあげましょう。何故最近、わたくしが貴方につきまとっていたかを」


 つきまとっていた?

 いや、むしろ俺の方が電話をかけていたのに、何でそんな?

 そうするように仕向けていたとでもいうのか?


「何なんだ……つきまとっていたって!? 何が目的なんだ、太平寺!?」

「さっきの試合結果を知ってるかしら? 開始10分で、『LOST』の勝利。余りにも圧倒的で、観客も言葉を喪っていたわ」

「だから何だ? 誤魔化すつもりなら――」

「だから。『わたくし』は次に、貴方方と戦うことになる」

「……は?」


 数日前に出来た、俺の新たなゲーマー仲間・太平寺 暁舟。

 彼女は一人しかいないオーディエンスのために奇術を披露するように、手元にUSBを召還した。


「クソゲーメイカー・『LOST』はわたくし。そして、ここ最近貴方達の周りで暗躍していたのも、このわたくしよ」


 そう言って、太平寺は後ろに隠していたものを見せつけるように取り出す。

 それは――クソゲーハウスで不死川をさらった、黒騎士の兜だった。

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