第55話

 医務室から自販機のある休憩スペースに抜けるまでの道は細くて装飾も少なく、何よりもインフィニティアリーナの中でも人通りが最も少ない場所だった。

 そこを選んで接触してきたのも、太平寺の計算ずくというわけなのだろう。現に今の今まで人の気配は無く、俺達は心置きなく二人きりで対峙出来た。

 これから始まるのが愛の告白ならばこれほど素敵な環境もあるまいが、悲しいかな。

 俺達の間にあったのは、ぴりぴりと肌を刺すような空気だった。


「お前が……全てを?」

「ええ。むしろ、おかしいとは思わなかったかしら」


 すうと細まる瞳は、俺との敵対を物ともしないという、冷たい黒刃のような意思が詰まっている。


「貴方と出会って、彼女達の開発室へ行くように焚き付けたのは、わたくし。そして貴方が行くまで発見されなかったすまいるピエロの開発室に侵入者が発生したでしょう? この時点でむしろ、気がついてもよかったんじゃないかしら」


 わたくしが貴方を利用して。すまいるピエロの開発室に行くように仕向けて。

 それをつけることで、開発室を発見した。

 太平寺は黒騎士の兜を手元で跳ね上げ、弄ぶ。


「剛迫さんは警戒心がとても強いお方でね。尾行してもすぐに察知されてしまうし、部室塔から出てくる人間を一人ひとり調べ上げるなんて、至難の業だもの。だからまだ警戒心が薄くて、無知な人間が必要だった」

「それが俺だったってことか……?」

「他に誰かいて?」

「てめえ……!」

「そして一度場所が割れてしまえば、あとは簡単だったわ。まずは人を送り込んで、場所が割れたことを印象付ける。そして、開発室にあるゲーム・フロンティアを起動して中身を盗み見て、それに対応したゲームを作って、対決させる。あの子が勝とうが負けようが、メリットしかない戦いだったわね、アレは」


 須田との戦いのことか。

 ギガンテスタワーの情報がそっくりコピーされて上回られていたのは、そういうわけだったのか。


「そして、これは運の要素だったのだけれど。星見 人道とも接触をした」

「ああ、言ってたな。だけど、星見さんはそんな企みに乗るような」

「人じゃない。知ってたわ」


 氷の刃で斬るように、会話を強引に自分の言葉に乗せ換える。


「だからそこを利用したのよ」

「何?」

「偽の情報の、運び屋になってもらったのよ。ゲーム・フロンティアにウイルスを仕込んだという情報のね」

「アレは嘘だったのか?」

「ええ。そんな都合の良いウイルス、一高校生であるわたくしが作れるはずがないじゃない。でも、身分を隠していたし。何より、あの実直で有名な方が言うことですもの。五分五分くらいの確率で信じてくれるでしょうとは思ってたわ」

「星見さんまで利用してたのかよ、お前は……!」

「さすがに大人まで使うというのはそれなりに緊張したし、気が引けたけど。結果的には上々だったわ。おかげで、貴方達の注意は完全にギガンテスタワーに行って――わたくしと戦うゲームは、殆ど。いえ、むしろ全くと言っていいほど手つかずだったのではなくて? でも、前向きに考えてごらんなさいな。もしも両方を平等に強化していったら、貴方達は星見さんに勝つことは出来なかったのかも知れない」

「大きなお世話だ! こいつ!」


 叫んだのは、怒りのせいだけじゃない。

 焦り? 哀しみ? いら立ち? 虚しさ?

 いや、若しくはその全て?

 そんな負の感情の大市を丸ごと美味しく食いつくすように、太平寺は睥睨するような眼をやめない。


「つまりは全部、全部が全部! 俺を利用していたのか! 何が目的なんだお前は!? そこまでして、そこまで汚れて、一体何をしたいんだ!」

「……」


 俺が怒鳴ると、太平寺はそっと自分の腹に。

 いや――いつかは子の宿るであろう、子宮の位置に手を置いた。


「子を殺された母は。いくらでも汚れることが出来るわ」

「子……母……?」

「何が目的かと訊いたわね。それは、言ってしまえば……何の変哲もない、飾り気もない。ただの、わたくしの『復讐』。そして剛迫をなんとしても倒さなければいけないのは……」

「……級友同士の穏やかな会話ってわけじゃなさそうだね」


 この場において――恐らく最も場違いで、最も意外な人物が俺の後ろからいつもの掠れるくらいに低い声を出した。

 不死川 紅を見つけ、太平寺は『あら』と。何のことかあらん、とでも言いたげな平坦な声を出す。


「これはこれは、ふーちゃん先輩。まさか貴女がこの場においでとは」

「知ってるのか? 何か関わりがあるのか、お前ら?」

「……知ってるもクソもない」


 不死川は心の底から嫌そうなトーンで言う。


「……薄々思ってはいたよ。ここ最近の陰湿な事件の裏側にはアンタがいるかも知れないって。でも確証が持てないくらいに留めるあたりは流石だよ、アンタ」

「ええ。貴女の弟子ですもの」

「弟子!?」


 以前、剛迫は言っていた。

 ゲーム・フロンティア3位になった不死川には、数人の弟子がいたと。

 太平寺はその弟子の一人だったのか。


「……ここに現れたってことはアンタ……まさか、まだ諦めてないの?」

「ええ。当然ですわ、ふーちゃん先輩。――諦めていないどころか、既に計画は着々と進んでいますよ。今回の決勝の結果を見れば、貴女もきっとわたくしに協力してくださるはずです」

「計画!? 協力!? 教えろ不死川、こいつは何をしようとしてんだ!? 一体何があって、こいつはこんな――」

「それはね、一鬼君」


 不死川がさっきまで居たはずの場所。

 そこには、不死川の腹に拳をめり込ませている太平寺がいた。

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