第53話

 異音が、会場に木霊した。

 それは、よく聞く破滅のラッパ。全ての旅路を無に帰し、世界を凍らせる吹雪の轟音。


「な!?」


 負の念の操作を止め、星見さんはここで初めて冷や汗を流した。

 フリーズしたのは、『窮奇伝』。

 画面が完全にバグに覆われていて、リセットしなければ最早修復は不能の状況だった。


『こ、ここで、窮奇伝、フリーズを起こしましたーーーー! しかし何故か、星見選手の顔には焦りの色です!』

「馬鹿な……!? あ、あれは……!」

「ええ、そうよ。貴方のゲームは……クラッシュした」

「!」

「もう、プレイは出来ない」


 剛迫は、淡々と状況を告げた。

 会場からはどよめきが上がる。


「何だと……貴様、何をした!?」

「剛迫、どうしてなんだよ!? 一体何で……」


 大混乱のこの状況に対して剛迫はしかし、冷静に返す。


「知ってたの。エヴォリューションをすれば――ゲームデータを増加させれば、貴方の作るゲームはフリーズを頻発させる。時にはクラッシュも引き起こしてしまう脆弱性を持っているわ」

「! ……何故そんなことを知っておる!?」


 壊れてしまったゲームでは、もうプレイは出来ない。自動的に、剛迫の。すまいるピエロの勝利になる。

 剛力を持つ者の自壊。己の力の増大に耐え切れず、自らを滅ぼしてしまった天落・星見 人道のゲーム。そのバグった画面を見つめる剛迫の目は、哀しげだった。


「貴方が、私の憧れだったから、よ」

「……何?」

「天落さん。私は貴方の名前で、よくゲーム・フロンティア内で検索をかけていたわ。するとよく見つかったのが、貴方のゲームを『編集出来るようにする』という……プログラミング初心者のためのゲームよ」

「……」

「私はそれを使わせてもらって、何度かゲームを作ろうとしてみたわ。でも、ダメだった。何か改変しようとすると、改変したとこで引っかかってクラッシュしたりフリーズを起こしていたわ。それも、貴方が配布したものはほぼ全てね」


 殆どクレームだったが、剛迫の声はあくまで神妙だった。


「正直、とってもイラついたわ、アレ。ぜんっぜん使えないから」

「それは、我が調整したゲーム故に。少しの改変でもかなりの部分を変えねばいけなくなる」

「でもね。私は使い続けたわ。そればかりを使い続けていた。なんでだかわかる?」

「……?」

「自分の作品を、好きなように改造させる……そんな懐の広いツールを、貴方しか発表していなかったからよ」


 俺は開発室での星見さんの話を思い出す。

 確かに――その類のゲームを、『唯一』出していたのが星見さんだったという。


「イラつくと同時に、その作者はきっと素晴らしい人だと思っていたわ。星見さん、貴方が私の憧れである理由は、そのバトルスタイルだけじゃない。私に、ゲーム創作の門戸を開いてくれたことにあるの」

「……」

「地位に胡坐をかかないで、後進のことを考えてくれる。清く正しいバトルスタイル、そしてその優しい心。全てにおいて、貴方は私の中で憧れだった。そして貴方の戦いも、何度もネットで繰り返し見ていたわ。そこで気が付いたの。貴方がエヴォリューションを殆ど使わないことは。だから、競技用でもプログラムの甘さを修正していないだろうと察したのよ」

「……年寄り故。綿密で安定したプログラムは組めぬ故に、な」

「私もよ。いいえ、私は、プログラム組むのは苦手だし、変なキャラデザもストーリーも思いつかないし、客観的な視点も持てない。案外、すまいるピエロで一番役立たないかも知れないわ」


 二人は顔を見合って、少しだけ笑いあって。

 そしてまたすぐに、神妙に対峙する。


「本当は。こんな勝ち方をしたくなかった。エヴォリューションを誘発させれば、クラッシュかフリーズが高確率で起こることを知っていて、それを利用するような勝ち方は。でも、そうでもしないと……貴方を乗り越えることは出来ない。全てを利用しないと。たとえ外道の策だろうと弄しなければ……貴方のファンである剛迫 蝶扇のままでは、乗り越えることは出来なかった」

「それはまるで、仲間を言い訳にしているように聞こえるが……」


 星見さんはちらと、剛迫の掌に目をやった。俺もそこで視線を移して、初めて気が付く。

 握りこんだ爪が、掌に深々と痕を作っていた。


「仲間に報いることが出来ない痛みに耐えかねた……というわけか」

「……好きにとっていいわ」


 剛迫 蝶扇として戦っていたら、こうしなかっただろう。

 すまいるピエロとして戦っていたから、こうしたのだ。


「何にせよ……胸を張れる勝ち方じゃないわ。貴方の善意で配布したゲームで得た情報を利用して、貴方の弱点を突いて、貴方を挑発して、得た勝利だもの。しかも運も絡めたうえでの、運ゲーでね」

「……」


 まるで、クソゲーだわ。自嘲気味にクソエイターは言った。


「でも。勝利は勝利よ。悪いわね、次に進ませてもらうわ」

「剛迫……」


 憧れを踏みにじった剛迫。

 言葉とは裏腹にその目は哀しみ一色に染まっている。

 一体誰がどんな言葉をかければいいのか。俺にはわからない――


『『『喝ッッ!!』』』

「うわ!?」


 天に轟くような声が、会場に響き渡った。


「剛迫 蝶扇よ! 貴様、我を愚弄するかァ!? 己が憧れに泥を塗るか! 貴様は我の言葉を忘れたと言うのか!」

「……!?」


 のしのしと剛迫に歩み寄ると、その肩を掴んでUSBスロットのある台に体を押し込んだ。


「おい、おっさん! 何……」

「待った」


 飛び出しかけた俺の体を引き留めたのは、四十八願だった。


「大丈夫。――今行くのは、野暮だよ」

「……」


 勝利した少女と、敗北した少女の憧れ。

 二人を見守る幾万の目は、どれも同じ色を浮かべていた。


「我は言った。路傍の石を投げてでも、どんな手段を使ってでも我を乗り越えろ、と。そして貴様はその通りに実行したに過ぎぬではないか。だというのに、何故にそのような顔をする。知っておるぞ、それは貴様自身が許していないからだ」


 我が何を言っても、貴様自身が貴様を許さん。

 貴様が何を言っても、貴様自身が貴様を許さん。

 憧れの存在に小細工を弄した、己自身が決して許せん。


「それならば、言ってやろうではないか。貴様は外道!」

「……!」

「高潔なる憧れを踏みにじり、あまつさえ善意さえ踏みにじる貴様は、外道も外道よ!」

「……ええ、そうよ。私は――」

「ならば……見よ、外道よ!」


 そう言うと、星見さんは――


「ぬええええええええい!」


 自分のかけていた数珠繋ぎのカセット達を。

 こともあろうに、一気呵成に――バラバラに押しつぶし、粉砕してしまった。


「な!?」

「え……!」

「うそ……」


 カセットを。ゲームを粉砕する。

 その行為が意味することは、ゲームに対する愛情の放棄だ。ましてや自分が愛したクソゲー達を破壊する、暴挙中の暴挙。


「何を驚いておるか! 見てわからぬか、我は悔しいのだ! だから粉砕しておるのだ、手元にあったものを! 手当たり次第に!」


 叫ぶと、破片達を踏みにじる星見さん。

 一体何のつもりだ、と叫ぶ必要はない。

 ややあって、星見さんは『ワッハッハッハッハ!』と大声で笑った。


「これで、我も晴れて外道よな!」

「星見さん……」

「外道も外道。貴様の憧れは外道だ、ワッハッハ……。それも、貴様よりも遥かに酷いのう、そうは思わぬか」

「……」


 剛迫の肩を再び握る、大きな掌。

 力強く逞しい、漢の手だ。


「貴様は外道・星見 人道に憧れ、外道の真似事をしたに過ぎん。何を気に病む必要があるのだ?」


 剛迫が一瞬だけ目元に涙を溜めたのを、俺は見てしまった。慌てて目を伏せる。

 そうだよな。

 憧れの人にここまでしてもらったら――嬉しいに決まってるよな。


「……フフフ、そうね。なんでも、なかったわ」

「ワッハッハッハッハ、その通り! 良き戦いであった、剛迫! そしてすまいるピエロよ!」


 豪快に叫ぶと、星見さんは剛迫の右手を掴み、高々と掲げた。

 瞬間、会場から示し合わせたように、大きく盛大な拍手が巻き起こる。

『クソゲーバトル・エクストリーム! 第一回戦から、なんというドラマが生まれてしまったのでしょうか! 激戦を制したすまいるピエロと、敗れた天落の間に芽生えた確かな絆! 清き炎に包まれた、第一回戦はすまいるピエロの勝利! ジャイアント・キリングの実現です!』


 歓声と拍手に包まれて、剛迫と星見さんは笑っていた。それは写真に撮って残したいくらいに印象的な風景で、俺も思わず頬が緩んでしまう。

 俺達の始まりのゲームソフト・ギガンテスタワー。

 俺達の思い出を作ったこいつは、今こうして強敵を破り――また新たな思い出を紡いだのだ。









 神聖な二人の領域に近づく、小さく太い影がひとつ。くいくい、と星見さんの脇腹の肉を引っ張る。


「ぬう!? なんだ、キーボードの娘か! 挨拶ならば後で……」

「……」


 不死川が握手のための右手の代わりに差し出したのは。

 請求書を握った左手である。


「……こないだ割った窓ガラスの代金。あと、先生に説明したりめんどくさいことになったりもろもろの精神的苦痛をこっちで勝手に加えたから、ちゃんと払ってね」

「じゅ! 十万だと!?」


 星見さんの驚愕の顔をにやにや笑いで見上げる不死川。

 やっぱり外道ナンバーワンの称号は、こいつにこそ相応しいようだ。

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