第52話

『な……なんという闘いでしょう! 共にダメージレベルを適正以上に引き上げている故、その苦痛の度合いは我々の想像を絶します! しかし二人は攻撃動作とその詠唱を一切やめません! やめようともしません! まるで、本当にそれが相手への攻撃となり……勝利を手元に近づけているかのように!』


 ギガンテスタワーはついに、ステージ4のボス戦に到達する。

 相手は凍り付いた怪物の木。縦に割れた異形の眼光が騎士に向けられ、その蔓が騎士に襲い掛かる。


「今よ……! いびつなる茨の冠よ、思い上がる尖兵に血の制裁を! ブラッディ・プランツ!」


 その蔓の攻撃範囲たるや、鬼畜の一言。

 画面の3分の1を覆う範囲攻撃が、高速で襲い掛かる。

 ゲームオーバー。4面の最初へと戻った。


「ぐっ……! ぬおおおおおおああああああああ!」


 このストレスは相当のものだったのだろう、星見さんが天を割らんばかりに咆哮する。遂に巨山は、膝を突いた。

 その様子を見て、剛迫は目元の汗をぬぐい、呟く。


「やった……?」

「いや……まだだよ、ゴーちゃん!」


 魔人の如き闘気は、衰えるどころか空間を圧迫するように増大していく。

 星見さんの袈裟がびりびりと破れ、露わになる剛健なる肉体。そこに刻まれる無数の傷。鬼を思わせる、顔面に張り付いた怒りの形相。


「素晴らしい……素晴らしいぞすまいるピエロ! よもや我をここまで追い詰めるとは!」


 その形相のままで、咆哮をそのまま言葉にしたように星見さんは俺達を称賛した。ただでさえ巨大だった筋肉は更に膨れ上がり、それと相対するプレッシャーは、まさに怪物との対峙だ。


「だが、まだだ……まだ甘い! 我が窮奇伝を打ち破るにはまだ甘い! 見せてみよ、貴様らが乾坤一擲の一撃を!」

「……!」

「剛迫っ!」


 乾坤一擲の一撃――

 それはつまりバグ使用のことを言っている。しかし剛迫は星見さんの言葉にすぐには乗らない。

 吹っ切れたように見えていたが、恐怖心が勝っている。それを、項垂れた首が物語っているようだった。

 が、その姿は逆に俺を安心させる。

今からバグを投入する必要など無い。俺には少なくともそう見えていたからだ。

出来ればズタズタになっていく剛迫のことを考えれば、早期の決着が望まれる。バグの使用で、一気に有利にし、出来れば『投げ』を誘発させたいところだ。まして、このままだとゲームを審判間で入れ替えてのもう一周も待ち構える――。まだ闘いは半分も行っていないのだから。

 だけど、やめろ。

 誘いに乗るな、剛迫。


「……」


 剛迫はほうと息をつくと、ギガンテスタワーの映るモニターに目をやった。


「……そう、ね」

「剛迫!?」


 剛迫は、自分の右手を挙げた。

 台座がせり上がる。


「待て! 挑発だぞ、これは! 相手が一体どんな手を打ってくるかわからねえんだ! まして相手はエヴォリューションを握ってんだぞ!」


 エヴォリューション――世界改変の切り札。その威力は、須田との戦いで剛迫に見せつけられた。

 それを適切に使われれば、一気にアドバンテージを奪われる。

 ここで残されたカードを切ることの危険性を承知しているのは他ならぬ剛迫のはずだが――


「災禍覚醒」


 剛迫は打鍵を開始した。


「!」

『すまいるピエロ、ここで! 遂に、残された災禍覚醒を使用しましたーーーーーー!』


 カチャカチャカチャカチャ。

 長い打鍵――兵器の戒めを解くためのパスワードでも入力しているかのような複雑なコマンドのようだった。


「……30を超えるコマンドで起こるバグ……あれは……?」

「知ってるのか、不死川! 一体何のバグを!?」

「……知ってるっちゃ、知ってるんだけど……あの局面で、何であのバグを出すの……?」

「……?」


 打鍵は続く。

 さっきまでの荒々しさとは無縁な、讃美歌を演奏するパイプオルガンの奏者のように、打鍵を奏で続ける。

 一体何をする気なんだ? どんなバグを出すつもりなんだ?

 それに、30を超える入力のバグなんて、俺は知らないぞ?

 またこいつの暴走なのか?


「与えられし栄光は……。かくも虚しきものなり」


 タン、と最後のキーが押される。


「ギフト・オブ・ヘパイストス。発動」


 つなげたエンターキー。

 同時に走る、『災禍覚醒』。

 ギフト・オブ・ヘパイストスを発動させたギガンテスタワーには、一体何が――


「……!?」

「ぬう……!?」

「こ……これはーー……!?」


 司会も、観客も、星見さんも俺も。全員が、この最後の切り札に声を喪った。

 最後のバグ・ギフト・オブ・ヘパイストスがその効果は。


「点数がカンストしている……」


 点数・99999999999999点。

 スコア要素の破綻である。


『点数が、カンストしています!? で、ですが! 他には何の変化も見られません! 一体何のつもりだすまいるピエロ! これが最後の切り札なのかーーーー!』

「……剛迫。すまいるピエロよ。これは何のつもりだ」


 それは極寒の熱波。

 それは灼熱の吹雪。

 其れは、天落がその怒りだった。

 正直言えばこちらが訊きたいところだ。スコア要素はやりこみ要素というだけで難易度には何の関係も無い部分であり、審判も殆ど気にしてはいなかっただろう。

 それをカンストさせたところで意味などない。相手からしてみれば、最後の切り札を放棄された。舐められたも同然の行為でしかない。


「ここに来て我を愚弄するか、すまいるピエロよ! ならば、よかろう! 貴様らとの闘争にも、ここで幕を引いてくれるわ!」


 激昂する星見さんは、首から下げていたカセットのうちの一つのケースを握り砕いた。

 その中に同封されていたUSBには細い鎖が巻き付いていたが、それを糸くず同然に引き千切る。

 ゲーム画面に強制ポーズがかかり、実況はマイクをハウリングさせるほどの大声で叫んだ。

『星見選手! ついに、エヴォリューションを解放します! これは一体何時ぶりのことでしょうか!? 『幻』と謳われた天落のエヴォリューション使用、しかとその目に焼き付けろー!』


 星見さんはUSBをその剛力で握り、スロットに狙いを定める。

 この状況でエヴォリューションなどされたら、それこそ勝ちの目なんてなくなるはず――一体何を考えて?


「キュウキ、トウテツ、コントン……! そしてトウコツ! 流されし四柱が暴凶は、今ここに集う! 窮寄伝・終式! 『四凶伝』!」


 USBを叩き込む力は常軌を逸する。

 台を支えるステージが、塔が耐え切れず、星見さんの一撃と共に放射状にヒビが走った。会場全体を揺るがした一撃だが、装置は辛うじて持ちこたえてパッチを適用する。

 エヴォリューション――四凶は今集い。

 真なる惨劇が幕を開けた。


「ハハハハハハハ! ワハハハハハハハハ! 最早対抗することは敵わぬぞ、すまいるピエロ!」


 四凶の名が呼び寄せたのか、星見さんの体にも変化が起こっている。体に刻まれた傷が更に克明になり、四つの悪神の顔を形作っている。目は赤黒くぎらつき、歯は鋸状となる。それはまるで、悪魔の眷属だ。


「ここで果てよ、剛迫オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 それは、今まで苦しめた相手の怨念なのか――黒い炎のような負の念が、剛迫に襲い掛かる。


「剛迫!」

「ゴーちゃん!」


 俺達はたまらず飛び出した。あれが何なのかわからないが、食らったらひとたまりもないことだけは直感で分かる。

 だが、剛迫は、その黒く暗い闇を前にして――

 不敵に笑った。





「貴方が戦っているのは剛迫じゃないわ。すまいるピエロよ」




 ブツン!

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