第50話
「……へっへっへ。あたしって多分、一番この中じゃあ場違いなんだよねえ。だってあたし、ただの美術担当だから。戦略とかぜんっぜん分かんないしさ」
「……ほう。ならば貴様は、何を以てこの場におる」
四十八願は俺達と星見さんの間に立ち、手元をぎゅうぎゅうと伸ばしてコンディションを整えていた。
突然の乱入にどよめく会場で――俺達を守る盾にして、敵を穿つ矛は、誇らしげに宣言した。
「友達をいじめる奴を、叩きのめすために。それだけだよ」
「よくぞ言った、娘ェ!」
ステージ全体が揺れるほどの力で二人は同時に踏み込んだ。
「付き合いありがとう! イベントには……美女のショータイムが必要だもんねええええええええ!」
「ワッハッハッハッハ、違いないっ!」
交錯する二つの眼光、突き出される二つの拳はぶつかり合い、はじけ。それがそのまま、闘争のゴングになった。
『え……えええええ!? ちょ、プ、プロデュ―サー! どうしますこれ!? 闘い始まっちゃいましたけど! 警備呼びます!? いや、すまいるピエロの反則負け!?』
問いただしている間にも繰り広げられる激しい攻防戦。
実力者との死闘に悦んでいるのだろう。星見さんの剛腕と剛脚の雨をかわし、すかし、流し、受けながらも、その口元に笑みを絶やさない四十八願。
血気盛んな若者の攻勢に悦んでいるのだろう。自分の攻撃をかいくぐり攻撃を返してくる四十八願の一撃を受けながら、豪快に笑い声をあげる星見 人道。
その刹那に俺達に流した、四十八願の一瞬の視線。
そうか――
「おい、立て、剛迫!」
「え……何!?」
「今のうちだ、作戦を立てるぞ」
突然発生したリアルファイト。それによって発生する混乱――それは、ただ単に抑えきれなくなった四十八願が感情を爆発させているわけではない。
これは、試合の進行そのものを止める足止め行為だ。
エヴォリューションの使用宣言からどれほどの猶予があるかはわからないが、試合をポーズ画面で止めているのは好ましくない状況であることは明白だ。
だから四十八願は試合そのものから一時注意を逸らし、俺達に話し合う時間を作ったのだ。
現に、もう誰も俺達のことを気にも留めていなかった。超人的な動きを見せる二人の武の応酬は見世物として余りあり、観客席からは血の気の多い歓声が上がる。運営側はこの混乱をイレギュラーな余興として黙認するか、厳正なルールに則って中止させるか、上に確認しているようだ。
俺達の話し合いを邪魔するものは今、何もない。
四十八願が作ってくれたこの時間。一秒でも、無駄には出来ない。俺達は一旦不死川の席に集合し、向き合った。
「……まずは、もう発動させちまったもんは仕方ねえ。気持ちを切り替えるんだ、剛迫」
「……仕方ないと言っても……切り替えると、言っても……」
「剛迫……何言ってんだよ、お前、いつもあんなに強気だったじゃねえか。始まる前だってあんなに勝てる勝てる言ってただろ、なんでそんな……」
「……察しなよ」
げしっ。
不死川がここで、俺の頭に蹴りを入れてきた。
「い、痛ェなお前! 人の頭を足蹴にすんな!」
「……ご褒美を与えたに過ぎないよ。そんでさ、ホントに分かんない? ただ単にゲームの流れが悪くなったくらいなら、ゴーもこんな凹まない。問題は……ゴーは、あんたの作った改造を台無しにしたからだよ」
「台無しに……俺の?」
「……そう。――クソみたいな話だけど、ゴーは、あんたが思ってる以上にあんたを信頼してる」
不死川は心底忌々し気に、剛迫を睨みつける。
「……信頼した相手の調整を、自分が結局台無しにしちゃったんだもん。そしてそれを突き付けられちゃあ、そりゃ凹みもするよ。ほんっと、下らないような話だけどさ」
「下らねえって……お前! 剛迫の前で言うことか!」
不死川はあくまでも興味なさげに、ポテチのパッケージ裏の説明文を眺める。
「……そりゃそうだよ、くっだらない。たかだか新人の意見取り入れて、結局それを潰したくらいのことで強気を崩しちゃうだなんて、それでもエンターテイナーかって」
「だから! お前は――」
「……ほんっと、そんなのつまらない。そしてそんなの、私は認めない」
と。
自分のポケットに手を突っ込むと――USBを取り出した不死川。
「え……何これふーちゃん?」
剛迫に手渡すと、ぷいっとそっぽを向いてポテチとの格闘を再開する不死川。
無地の黒色のUSB。いかにも不死川の持ち物らしい素っ気無さだ。
「……それに入ってるのは、私が勝手に入れたパッチ」
数日前のクソゲーハウスで言っていた。
ギガンテスタワーのパッチはガチ用が3種類。そして不死川が勝手に作ったパッチ1種類が存在していると。
「……全く難易度に関わらないパッチだけど。それにはある特性がある」
「ある特性……?」
「……全てのバグをリセットして、初期状態に戻す」
「!」
パッチとは本来、クソ要素を増やすためにあるのではない。むしろ逆で、バグや不具合を治すために存在している。
その意味では最も本来の意味のパッチに近い特性だ。
「それを使えばあんたのミスも有耶無耶に出来る。だけどエヴォリューション枠をそれに割いちゃうことになって、後に出来る改変はバグしかなくなるけど」
「……」
ミスをフォローするだけ。
最悪の結果には至らないだけの誤魔化しの切り札。
「まさかお前、最初からこうなることを?」
「……ゴーは単細胞だから、勝手に暴走するんだよ。だから大会始まる前から思ってたよ、ああこいつ、絶対やらかすなって。絶対クソみたいなミスするなって。大会始まる前からずっと、敗退後にゴーにかける罵倒をノートに書き溜めてたけど、3冊に収まらないほどになったよ」
「お前はどんだけ剛迫を信頼してねえんだ。用意周到過ぎるだろ」
ノート3冊分の罵倒集。それだけのボキャブラリーの集大成、一度は見てみたいものである。
「……ま、そういうことだから、後は勝手に頑張ること。後は好きに暴れて、勝手に勝ち負けを決めてよ。勝とうが負けようが私にとってはクッソ面白いからどうでもいいけど……ゲームで辛そうな顔をしているアンタを見るのは、クッソ面白くないから」
「不死川……」
「……だからさっさと、その暗い顔をやめる。何も考えないで馬鹿みたいに暴れてきなよ」
馬鹿なんだから。
不死川は憎まれ口で〆ると、ぴっと正面を指さす。
それを受けてしかし、剛迫はすぐには動かない。
「え、ええ。でも、その次の攻撃を……あと一つ残った、災禍覚醒で何を発動させるかを決めてから……」
「なんでそんな、今更自信なさげなんだよお前?」
「でも」
自信を打ち砕かれかけている剛迫。
まったく、とんだお門違いをしてやがるな、このお嬢様は。俺は思わず嘆息を漏らしてしまった。
「あのなあ。リセットだぞ? つまり、俺の調整そのまんまになるってことだ」
はっと、息を呑む剛迫。
USBを握る手に、力が籠もる。
「お前が認めた俺の調整が、何か心配なのか?」
俺が問うた。
「いいえ。一切の心配は無いわ」
剛迫は笑った。
それはいつもの屈託のない――頼もしいこいつの笑み。
歩みに迷いはなく、再び剛迫は立つ。
クソゲーメーカー・すまいるピエロの代表者として――朗々と、唄う。
「ギガンテスタワーよ! 我は命ずる!」
星見 人道が天を打ち砕く声ならば、剛迫の声は天に響く声。
USBを高々と掲げる彼女の姿と声に、会場の視線は今一度そこに集う。翼の破れ目を埋められた、一匹の美しき蝶へと。
「今、理の繭を破り……! 光を鎖す、黒翼の蝶となれ!」
パッチ適用(エヴォリューション)。
虹色の文字が乱舞し、ギガンテスタワーの世界を作り変える。
虹色の文字が解けると、再びゲームの世界も動き出す。
ギガンテスタワー側に起こった変化は――バグの解除。ペガサスの動きは急速に遅くなっていて、最初の難易度――俺の設計した世界へと戻っていた。
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