第44話

「どうか、胸をお貸し下さい。『天落』さん」


 先に頭を下げようとしたのは、剛迫だった。

 だが、その動きを見切った星見さんはその頭を掴み、礼を阻止する。

 観客席から上がる声には少しのブーイングが混ざっている。

 四十八願も反応していたが、星見さんの『敵意の無さ』を感じ取ったのか、すぐに椅子に座りなおした。


「もう試合だ。――己を格下と見なすのはやめぬか、剛迫よ。それとも、我を格上とし、負けた時の言い訳でも欲しいか?」

「……!?」

「先日に貴様は言った。我に、憧憬を抱いているとな。それは結構、我としてもむず痒くなるような、身に余ることだと思っておる。だが」


 今は敵だ。敵意を向けろ。純粋で濁りの無い敵意のみを向けろ。


「憧れとは、ただ思い焦がれ、背中を負う為に抱く感情ではない。追いついて、乗り越えるためにある。敬意、作法など不要。ただがむしゃらに、路傍の石を掴み投げてでも、我を乗り越えて見せよ」


 全力でぶつかること。

 それが我に対する最大の敬意となるのだ。

 語り終える頃には、もうブーイングも収まっていた。

 自らが憧れる相手からかけられた、『全力でぶつかれ』というメッセージを受けた剛迫。その意味をきっと、あいつは誰よりも真っすぐに咀嚼したのだろう。

 口元に浮かんだ不敵な笑み。


「……ジャイアント・キリング。聖書でのダビデとゴリアテの逸話に端を発する――人類の夢のことよ」


 剛迫は言葉と共に、頭を掴んでいた腕を降ろさせる。


「小さい者が大きい者を打ち倒すカタルシスは、大きく観客を沸かせるもの……。そして貴方のその巨躯! 私の痩躯! まさにうってつけの組み合わせだと思わない!?」


 芝居がかった動きで掌をくるりと返し、星見さんの体をびしっと指し示す剛迫。

 観客から小さなどよめきが上がる。


「いいわ! そこまで言うのなら全力でぶつかろうじゃない、『天落』! 貴方には、私の創るエンターテイメントの生贄となってもらうわ!」

「ワッハッハッハッハッハッハ! それは楽しみだな剛迫! 見事、我を打ち倒してみせい!」


 二人はどちらからともなく拳を突き出し、激しく音を立ててカチ合わせ、身を翻した。

 瞬間、観客からは抑えていた声援が大爆発。まるで漫画の世界のような『対決』に、童心を抑えずにはいられないのだろう。


『両者ともに、素晴らしいデモンストレーションだーーーー! この試合には今、かつてないほどのクソエイターシップが満ち満ちています! 正々堂々たるこの清く熱き戦い、勝負を制するのは! どちらだああああああああああ!』


 戻って来る剛迫の表情には、迷いが無かった。

 全力でただ、ぶつかるのみ。直線を進むのみ、と心に決めた、清々しい笑みをその顔に浮かべている。きっと心の中では、色々な思いが去来して――


「光栄だわ……あの拳とかち合せることが出来るなんて、最高の名誉よ! 拳は今日、洗わないでおくわ!」

「おいミーハー、おい」


 なんかもう色々台無しである。おっさんよかったな、畜生。


『では! 代表者の方、こちらへ! クソゲーバトル・エクストリームのルールに則り! 『ハーツ・トゥー・バディ』の装着、並びにレベル設定を行います!』

「あ、そうだったわね。ちょっと行ってくるわ」


 ハーツ・トゥー・バディ?


「K年S組。四十八願せんせーー」

「何その呼び名? あたし、まだ一年だよ? ……まあ、これから説明あるからさ。それで聞いた方が分かりやすいよ!」

「俺的にはお前の説明が一番なじみ深いんだけどなあ……」

「な、なんか照れるね、アハハ……」


 話している間にも、何やら剛迫達にコード付きの湿布のようなものが何枚か手渡された。服の上からそれを体の各所に張っていくと、司会が再び喋り始める。


「ご存知の方も多いかと思いますが……クソゲーバトル大会・クソゲーバトル・エクストリームにおける特別ルール! ハーツ・トゥ・バディの説明を行います!」


 スクリーンに映し出されたのは、二人の人間の姿。そして、1~9までの数字と、それぞれに割り振られた説明書き。


「クソゲーとはすなわち、苦痛の塊! それを作る者もまた、苦痛に耐え忍ぶ力を持つことこそが! 真のクソエイターの条件であるという考えの下に生み出されたシステムです!」


 スクリーンの人間たちが、何かのコードで繋がる描写が起こる。

 嫌な予感がビンビンしてきた。


『これは、審判達が『相手の作品』にストレスを強く感じるたびに! この装置越しに、作者に対する痛みを与えるシステム! 簡単に言えば、自分の作品で与えたストレスがそのまま相手へのダメージになるというシステムでございます!』

「はあ!?」


 がやがや、がやがや。

 俺と同じ感想を抱いた人達が観客席でどよめき始める。


「レベルは1~9! 9にもなるとその苦痛は絶大! 一説には、9における最大ダメージは焼き鏝を押し付けられたような痛みが走るとのことです! 痛みに耐え切れずにギブアップ宣言をすることも、敗北条件の一つとなります!」


 これにはツッコミすらも起こらない――ただ戦慄するしかない。

 剛迫にそんな苦痛が襲い来るなんて、見てもいられない。俺は思わず飛び出しそうになったが、司会は続ける。

『ですがご安心を! 事前に取った肉体のデータ・性別・年齢により、ハンディキャップが付きます! 例えば今回の場合! 剛迫選手はレベル3が適正! 星見選手はレベル7が適正という結果となっております!』


 飛び出しかけた足が、この言葉でギリギリ制止した。

 なんだ、よかった。いや、よくはないが、ほんの少しほっとした。

 レベル3がどのくらいの痛みなのか分からないが、これなら――まだなんとか――


『オイコラアアアアア! 9にしろーーーー! 興奮出来ねえだろうがアアアアア!』

『俺達のワクワクを返しやがれえええええええ!』


 観客席の半分くらいから飛んできたブーイングである。マジでこの大会は変態しかいねえのかよ。


『ですが、本人の希望でレベルは引き上げることも可能! 両者、いかがなさいま――』

「9だ」


 と。

 食い気味に、星見さんが最大レベルを希望した。

 瞬間、司会の顔がきゅっとひきつる。


「……え、えーっと、いいのですか? 本当に? 結構シャレにならないレベルで、気絶する者も……」

「試してみせい」


 そう言うと、司会は少し視線を泳がせてから、塔の下のスタッフに合図を送った。


「では、いきますよ? 3、2、1……」


 カウントダウンが終わると――


「ぬう!?」


 星見さんの巨体がぐらついた。

 瞬間、見せた苦痛の表情。しかし巨木の如き肉体をすぐに立て直すと、星見さんは『ワッハッハッハッハ!』と笑い声を上げる。


「これはなかなか効く! ワッハッハッハ、肩こりがよく取れそうだわい! 気に入ったぞ!」


 と、何とこれで決定してしまう星見さん。

 その男気の前に観客席からも称賛の声が上がり、そして拍手が起こるほどだった。

 俺は感心するとともに、嫌な予感ビンビンであった。


「私もレベル9を所望するわ!」

『ほへ!?』


 男気少女・剛迫 蝶扇。

 彼女のまさかの提案に、司会は完全に素で声を上げた。

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