第43話
『……では! 全ての説明が終了したところで! 早速ですが、第一回戦に入ろうと思います! はい、準備してください! 5分後に試合を始めます!』
「え!?」
俺は思わず声を上げてしまった。
時計を見ると、開始時刻の10時からまだ10分と経っていない。大みそかに放送するボクシングよろしく、これから長々と試合まで何かをすると踏んでいた俺にとっては結構な衝撃だった。
気が付けば俺達すまいるピエロ組と星見さん以外は既に退出していて、審判達ももう席に着いている。なんてスピーディーな大会運びなのだろうか。
「ほら、イッチ―、早くこっち来て! そっち相手側! 寝返るのー!?」
「わ、わわ、分かったよ! ちょっと待て、展開速いんだよこの大会!」
「クソゲーの哀しき『開発期間の短さ』を体現するのも、この大会のコンセプトなのよ! いいえ、もっとグダッてクソゲーらしさを表現してもいいわよ一鬼君! むしろグッド! 芸術点が入るわ!」
「もうクソゲーが何なのか分からなくなってきたぞ俺は」
大会そのもので何かを表現するとは、フィギュアスケートも真っ青である。
かくしてすまいるピエロ組は剛迫を壇上に立たせ、俺達は少し下がった場所にある席につく。俺達はここで試合中にバグやパッチ使用を議論しあい、剛迫に進言するという裏方の役割を担うことになる。
もっとも、この中でクソゲーバトルに一番詳しいのは剛迫であるため、俺達の議論などまず不要だろうが。
「……先に言っておくけど、私は話し合いに参加しないよ。私のアイデアなんて通って負けたら最悪だから」
「よう人間のクズ」
「……年上に対する態度じゃないよ、年下。年下は年上の尻拭いをするのがこの世の定理」
そう言って、どこから取り出したのかポテチを取り出して袋を開けようとする不死川。
むぎぎぎぎぎぎぎ
「……一鬼君、開けて」
「俺が開けてマズくなったら最悪だからヤダ」
「……うわ、人間のクズ……」
どの口が言うんだこいつ。意地になって思いっきり力入れて開けようとしてるが、結末は目に見えている。
一方の四十八願は、普段のおちゃらけた雰囲気ではなく、戦闘態勢に入った戦士の眼差しで佇んでいた。開発中はクソゲーに対して完全に空気だったのに、その勝ち負けに対しては不死川よりも真摯な何かがあるのだろう。
剛迫の表情は、ここからではうかがい知ることは出来ない。ただ静かに佇み、星見 人道という遥か高みの相手を見据えている。
身じろぎ一つしない。さりとて、緊張に身を固めているわけでもない。
ただ目の前に『敵が在り』。迎え撃つ『我が居る』。
たったそれだけのことだ、と。その痩躯は語る。
『さて! ではではでは! 早速ですが、第一回戦を始めたいと思います!』
どうやら5分が経ったらしい。ついに天落VSすまいるピエロの決戦の火蓋が切って落とされた。
瞬間――会場は再び全消灯。
スポットライトが、司会の姿だけを照らし出す。
『今回の大会……ある奇跡が起きていることを、皆様はお気づきでしょうか?』
ざわ、ざわ。
観客席からのどよめき。
『そうです。今大会は、女性が――それも、ティーンエイジャーが代表者を務めるグループが2つも参加しています。あの塔の上へ上ることの厳しさは、皆様が御周知のはず。少女の道楽ではありません。彼女達は確固たる意志と血のにじむ努力により、あの上へ上り詰めたのです!』
そして、『すまいるピエロ』の代表者は!
その一方!
スポットが剛迫にも照らし出されると、観客から声援が弾けた。
剛迫自身もノリノリなのか、ビシッと右手を上げてしっかりアピールをする。
『花の17歳! 人生において最も輝けるこの時期を、彼女はクソゲーに捧げました! 彼女は愚かなのでしょう! しかし、遥かにそれ以上に、気高いのでしょう! 一体クソゲーの何が彼女をそこまで駆り立てる! その美しき眼光に最低の汚物を映し続け、そのか細い五指は何を紡ぎ出したのか! 今! その正体が明らかになる!』
『新進気鋭! 『千変万化の姫術士』の異名を持つ、クソゲー界のスーパールーキー! 剛迫 蝶扇だああああああああああああああ!』
『うひょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
『オークによわそおおおおおおおおおおおお』
この大会における男女比と変態比がよくわかった瞬間だった。
後者は明らかに一人の声だったが、一体どんだけの声で叫んでるんだよあいつ。やっぱり今度絶対にシメてやる。
『さて! そんな彼女に対するは、正に相応しい相手と言えるでしょう!』
『ルーキーに立ちはだかるのは、常に! ベテランの巨影と決まっています!』
剛迫の時のような煌びやかさとは違い、スポットライトは星見さんの体を『下から』徐々に照らし出していく。
『その意味で、このカードほど相応しい組み合わせがありましょうか! 3D? 高画質? ギガバイトにメガバイト!? そんなものは一笑に付して然るべき!』
ゲームにそんなもの、過剰装飾だ! ドットをキロバイトに詰め込んで! それでもあの頃は面白かった!
時代が進んで忘れ去られたのではない! 貴様らが勝手に置き忘れただけだ!
過去は今でも十分に、未来を食える!
進みたければ俺を食らっていけ!
『現在食いのシーラカンス! 『天落』・星見 人道! 今ここに推参だああああああああああああああああああ!』
「わーーーーーーーーーーーーーー」
凄まじい棒読みの声援と、ぱらぱらと寂しい拍手が観客席から。一体いつからここはすまいるピエロのホームになってしまったのだろう。
さりとて星見さんはいつも通りに『ワッハッハッハッハッハ!』と豪快極まりない笑い声をあげて、右手を上げる。
その手には――最新機種・SP6の本体が握られていた。
『こ……これはあ!? 星見選手、ゲーム機を右手に……一体何をーーー!?』
「ぬううん!」
それは一瞬の出来事。
星見さんの右手に血管が走り、筋肉が爆発的に膨張。刹那、SP6はまるで駄菓子のように粉々に砕け散ってしまった。
これには流石の観客達も驚きを隠せず、『おおお』とどよめきの声を上げている。
「安心せい、偽物だ。――しかし、古き者に依る、新しきの圧潰。デモンストレーションとしてはやや陳腐過ぎたか、のう? 娘よ」
「はい、私もそう思います。――それに、破壊する機種は選んだ方がよかったのでは。ゾヌー派は良い顔をしないですよ、そういうのは」
「昔は他メーカーの機種を貶めるCMも流れていたというのにのう……。ワッハッハ、まったく、ついて行けん世の中じゃて」
二人はどちらからともなく壇上を降り、互いに歩み寄っていく。
これは大会のルールには無いのだろうが、司会は沈黙して二人を見ていた。会場の視線が突き刺さる中、巨躯と痩躯が対峙する。
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