第42話

 電車に乗って二駅行った場所に、この県で最大のイベント会場・『インフィニティ・アリーナ』。

 なじみ深い東京ドーム単位で表せば0.8東京ドームの規模を有するこの巨大イベントスペースはそれだけにイベントの開催自体も競争率が高く、余程のイベントでなければ使用されることはないとされるこの超巨大施設。

 そんな名誉ある建築物に携わった全ての人のうち、何人が想像することが出来たのだろうか?

 今日この日、この会場が――

 クソゲーバトルという最低の戦いの舞台になってしまうということを。


『レディース・アンド・ジェントルメン。紳士・淑女の皆さま。突然ですが、私は問います。クソゲーとは、なんでしょうか?』


 インフィニティ・アリーナの舞台は、そのまま野球が出来てしまいそうなほどに広大な面積を誇る。

 その中心には今、頂点部がテニスコートほどの広さのある巨大な塔が立ち、それを囲うようにして八つの巨大スクリーンが観客席に向けられるように設置されている。

 今、塔の上に立つのは、今大会の司会を務める人。

 スポットライトを当てられ、マイクを両手に握りしめ、神妙に観客達に語り掛ける。


「私はこう考えています。クソゲーとは、すなわち――鬼子です。存在する価値を見出されない、人に苦痛を与え続け、人に罵られる。その多くは生み手にすら憎まれて。行き場を失くして忘れ去られる、哀しき非業な運命を背負った、鬼の子です」


 ですが。

 もしも本当にそれだけならば。

 その言葉と共に、彼女の背後にスポットライトが当てられる。

 そして、今まで影で巧みに隠されていた人々の姿が――

 『俺達』の姿が、衆目に曝されることになった。


「もしも本当にそれだけならば……! ここに集いし、クソゲークリエイター達は! 一体この鬼の子に、何を求めて! 何を託して! 何を夢見て、命と時間を費やしたのでしょう!」


 徐々に上がる司会のテンションと共に、会場全体の照明が点灯されていき、次に曝されるのは観客席だった。

 大入り満員――信じられないことに立ち見までここから確認出来るほどの黒山の人だかり。

 彼ら彼女らに向け、司会は一層声を張り上げる。


「断言します!」

「今日この日、彼らは! その答えを我々に示してくれるでしょう!」

「覚悟はいいか準備はいいか! 彼らの魂を受け止める覚悟はできているのか!」

「準備が出来ているのなら……! その眼を開き、とくと見よ!」

「最低最悪のゲーム達! その底辺を決める、灼熱の祭典!」


 司会が腕を振り上げると、空に打ちあがる数発の火球。


「クソゲーバトル・エクストリーム! イン・インフィニティアリーナ! ここに開幕だあああああああああああああああああ!」

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』


 花火の爆発音をかき消すほどの声が、観客席から炸裂した。

 それと同時に会場のいたるところから色とりどりの炎が吹き上げ、大砲から射出された金銀の紙吹雪が舞い、これでもかこれでもかと盛り上げリソースをぶち込んでいく。

 そんなお祭り騒ぎの中心に居る俺達にたたきつけるような音圧を持つ歓声に、俺の横に立っていた不死川は不機嫌そうに両耳を塞いでいる。

 まあ、それはともかく。俺は隣で満足げな腕組みをしている剛迫に話しかける。この大舞台でも相変わらずひまむらファッションのこいつは、本気で財力をゲームに全振りしているのだろう。


「おい、ちょっと。ゴーさん、なにこれ。聞いてないんだけどこんなの」

「? 何? さっきの司会のトークのこと?」

「ちげえよ、この大会の規模のことだよ。小規模っつってたよな? そんな大したことない大会って言ってたよなお前? 何この世界大会が始まりそうな雰囲気、そんな大舞台って聞いてねえぞ俺」

「何か問題だったかしら? あ、お祭りの盆踊りとかで前に出て踊らないタイプね、一鬼君って。大丈夫よ、一度前に出ちゃえば結構なんとかなるから!」

「祭りの盆踊りと一緒にすんな、どんだけメンタル強いんだよお前」


 こんな数万単位の目に注目されたことなど俺は過去に無い。見ればネット配信用のカメラもいくつか回っているし、この大会の様子はアンダーグラウンドなサイトで公開されることになるのだろう。


「いんやー、やっぱこういうのって、どーしても催しの絶対数が少ないみたいでさあ、大入り満員になっちゃうらしいよ。純粋にエンターテイメントとして見に来てる人も多いみたいだけど」

「俺は後者の方が観客の殆どであることを切に願っているよ」


 俺達がくっちゃべっている間にも進む大会の進行。

 気が付けば今日一日のスケジュール(観客向けなので選手である俺達には関係ない)、審判達の紹介、今日の対戦カードの発表が一気に進んでいた。

 大型スクリーンに映し出されるトーナメント表。

 その中にある『すまいるピエロ』の名。

 そしてそれと相対する――『天落』の名。

 その名を見て、すまいるピエロの面々は誰ともなく『左』を向いた。


「……ふっふっふ、血が騒ぐわ。のう? 貴様ら」


 数日前に学校に現れた巨漢。天落・星見 人道。

 あの時と全く変わらない姿で自らの指を鳴らしながら、ただ一人で佇む礫岩のような肉体と底知れぬ闘気が、プレッシャーとなる。

 奥に居る二チームがまるで目に入らないほどにその存在感は凄まじく、俺達の目はさながら誘蛾灯に惹かれる黒い蛾のようだ。

 逃げることも退くことも出来ない。退路は無い。

 頬を伝った汗は、照明の熱のせいではないだろう。


「えー、では次に! 失格の条件についても説明致します! まず、過度のリアルファイトは失格になる場合がございます!」

「過度って何? 過度じゃないリアルファイトって起こるもんなの?」

「いえいえいえいえ、何を言ってるの一鬼君? リアルファイトなんて起こるでしょう、普通に考えて」

「起こらないでしょう普通に考えて」


 っていうか、あの怪物とリアルファイトなんて考えたくもねえ。指先一つどころか爪先一つでダウンする自信があるわ、あんな化け物。


「また、ゲームをリセットしても不具合が起きるようなフリーズ・永続的にゲームプレイそのものが不可能になる・ダウンロードのし直しに至るバグは、『製品未満』とみなし! 失格となります!」


 ん? そうなのか? ちょっと引っかかるなコレ。


「別にいいんじゃねーの? クソ要素なんじゃねーの、コレって」

「いいえ、そうではないわ。ダウンロードのし直しってことは、コンシューマーの場合なら『買い替え』を要求するという行為。度を越した欠陥ってこと。エヴォリューションでデータを書き換える際に起こることがあるわ。煩雑で大規模な改変だからね。ダウンロードしたデータ自体にダメージを与えることもあるの」

「へえ……」


 買い替えに至るから失格、か。何となく理に敵っているような気もする。


「……そして私も、いざとなったら……」

「ん?」

「あ、ごめんなさい、何でもないわ」


 何だ? 何かしら秘策でもあるのかな。


「またまた、プレイ時間が10分を切る過度のボリューム不足・他作品の過度な盗用・他作品の勝手な続編作成・過剰な性的描写、過度の暴力表現、ただの良作! 全てが失格となります!」

「ただの良作で失格になんのか。マジでひでえなこの大会」

「淡水魚は海水魚は同じ場所に棲めないのと一緒よ? 然るべき場所には、然るべきものじゃないといけないわ」


 その例えだと、クソゲー好きも極まると良ゲーで悶絶するようになるのか。それはもう末期も死亡も通り越して別の生き物として転生してるレベルだろうに。

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