第40話
「ええ。そうよね。私は、皆を巻き込んだわ。……安心して。私、明日、絶対に勝つから」
「……?」
「私は……皆のこれまでを、絶対に無駄にしない」
絶対に。
絶対に。
剛迫は缶コーヒーを非力に握りしめている。細いスチール缶のことだ、潰れはしなかったが、ちゃぽんと中身が涼し気に鳴る。
まったく、こいつは。
「馬鹿かお前」
俺はまだ開けていない缶コーヒーで、剛迫の缶コーヒーを小突いた。
「何でそこまでお前が気負う必要あんだよ。不死川も四十八願も、勝手にお前と一緒に歩いていただけだろうが。自分の夢だけで精一杯なくせして、無茶すんな」
「……ふーちゃんは元々、優れたクリエイターだったわ」
声は未だに細かった。
「ふーちゃんをスカウトした時、クソゲーを創ると言ったら……喜んで参加してくれたの」
「あいつが? 意外だな」
「なんでも、称賛に疲れていたみたいなのよね。ふーちゃんひねくれてるから。心無い批判コメントの方が落ち着いたらしいわよ」
「屈折し過ぎだろあいつ」
人間の屑であることに全くの躊躇いが無いとは。恐ろしい存在である。
「でも・……そうは言っても、忙しい立場の三年生なのに協力してもらっているのは、いつも少し心苦しく思ってるわ」
「え、三年なのアレ? あんなに大人げないのが?」
「ふーちゃん先輩なのよ、一応。それに案外面倒見はいい方なのよ? 何人かゲーム製作の弟子も取ってたみたいだし、結構ちゃんと教えてたみたい。中にはふーちゃんを超えた逸材も居たらしいわ」
「あいつを超えるって相当すげーことだが……」
まあ、不死川がソースという時点で結構眉唾物ではある情報だけどな。あいつ平気で仏様のご飯レベルに盛りそうだし。
「そしてそれは、ふーちゃんの時間を遣ってもらうということがそれ程に重いということでもあるわ」
「……」
またクソ真面目に、目を決意に細めた。
「そしてヨイちゃんは掛け持ちで参加してくれてるわ。文芸部で一番の異常なセンスを持つ人をスカウトするために、部員の作品達を読んでいってね、ピンと来たの。あ、この人のセンスヤバいって」
「お前のセンスじゃダメだったのかよ?」
「ドリップコーヒーとスティックコーヒーの戦争に乱入するスク水侍愛用のマットレスの物語を50ページ書ける人のセンスにはたどり着ける気がしないわ」
マットレスが主人公の物語。
俺はあいつが仕事している様を見たことないが、無から毒物を錬成するような惨劇が繰り広げられていたのだろうと思うとぞっとする。
「しかもそれを、今年の新入生号に書いたのよ。自分の最初の作品としてあっさり掲載しちゃったの」
「今年の? ってことはあいつ一年だったの?」
「ええ、そうよ? ヨイちゃん後輩よ」
どうりで場違いにフレッシュなわけだ。っていうか、するとあいつ先輩に平気でタメ口利いてたというわけか。年齢差をまるで意識しない集団だったんだな、すまいるピエロは。
「ヨイちゃんは自分のセンスを発揮できる新しい場だって言って喜んで協力してくれたけど――いい子だから。頼まれたら断れないのよね。自分の鍛錬、文芸部の活動もあるのに、よく付き合ってくれているわ」
そして、一鬼君。
「大会までとはいっても、クソゲーをプレイする苦痛はよく知ってるつもりよ。それなのに、あの電話の時に即決してくれたのはとてもうれしかったわ」
「クソゲーっていうのを隠してただろうがお前が」
「え? 言ってなかったっけあの時」
素かよ。素で自分に都合の良い過ちを犯したのかよ。手に負えねえなこいつ。
「まあ、切っ掛けはともかく。ずっと最高の仕事をしてくれて、おかげでギガンテスタワーはとても良い出来になったわ。私は貴方にとても感謝してるの」
「あー……まあ、俺が勝手にやってたようなもんだし、気にすんな」
「だからこそ」
私が皆に報いるためには。
勝つことしかない。
私が皆に用意出来る報酬は、勝利のみ。
自分に言い聞かせるように言う剛迫の顔は、決意に満ちている。
振り絞るような強気は、全く以て――見ていられなかった。
「そこが馬鹿なんだっつってんだよ」
今度は俺は直接攻撃した。側頭部にデコピン。
からかわれた子供のような目を向けてくるこいつだが、知ったこっちゃない。
「そんなしかめっ面で、がちがちに緊張して、遅くまで眠れなくて寝不足で。それで勝てんのかよ」
「……そ、それは……」
「それにな。お前は勘違いしてるぞ。用意出来る報酬はそれだけって」
「え? だって私、何も……」
「少なくとも俺は違うよ。俺はもう、報酬は受け取ったよ」
俺は缶コーヒーのプルタブをようやく開ける。
飛び散ったコーヒーの滴に、この数日を映す。
表情豊かにクソゲーを語り、クソゲーを創り、クソゲーで戦い、クソゲーを愛する剛迫 蝶扇。
自分の今の気持ちを確信するには。
十分すぎる材料だった。
「この数日で、色んなお前の顔を見れて。俺はそれで、十分満足だよ」
「え……?」
「一人分、重みが減ったか?」
これが荷卸しになるのかは分からない。
心の奥でこいつがどう思ったかなんて分かるのは、エスパーだけだ。
しかし剛迫は、
「ありがとう」
屈託の無い笑顔。
俺はエスパーなんかじゃない、凡人だ。ただゲームをやりまくっているだけの、ともすれば不真面目にも映るような凡人。
だから、この笑顔を信じるしか。心を確かめる方法は無い。
「こっちこそな」
そして、この笑顔を信じるしかない凡人に生まれたことを。
俺は今日この瞬間、何よりも幸せなことだと思った。
「じゃあね、帰り道気をつけるのよ」
「おう。しっかり寝ろよ」
剛迫を家まで送るのは二度目だ。クソゲーハウスに行った時の帰りをそのまま再現するかのような道が、俺の前に広がっている。時間は夜、街灯の灯りはちらちらと少なめで足元注意。何もかもが同じだが、たった一つ俺の心持だけが違っている。
クソゲーテスター・一鬼 提斗。その最後の夜。
それを、剛迫との会話で〆る――というのは、出来過ぎてるくらいの理想的な流れではあるが、そうもいかない。俺はスマートフォンを出して、ある番号を入力した。
最低最悪のクソゲー作り。それによる致死性の精神腐敗から、俺を守ってくれていた恩人の番号。
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