第41話

「もしもし」

『はい、もしもし。太平寺 暁舟(たいへいじ ぎょうしゅう)よ』


 相変わらず、クールで妖しい話し方。

 しかしこの声が、この地獄のような期間を支え続けてくれたのだ。


『どうしたのかしら……って、もう今更訊くようなことでもないような気はするわね。また良ゲーの話をしたいのかしら?』

「いや、今日は少し違う。今日であの地獄も終わりだったからな」

『あらまあ、それは残念なことね』

「皮肉か?」


 多分皮肉なんだろう。相変わらずの太平寺だ。


「まあ、何だ。この数日ありがとうな、太平寺」


 俺はこの数日、太平寺と毎日電話をしていた。

 勿論、影山とでもいいのではないか、と最初は突っ込まれたりもしたが。太平寺のゲーマーとしてのレベルだとその会話の深度が、影山とは段違い。つまり、俺が話したいことをいくらでも話せるのだ。

 会話によって共有できる良ゲーの麗しい記憶は、クソゲーによる汚染を洗い流してくれる最高の浄水となり、俺を今日までもたせてくれたのだ。


『ふふ、律儀なことね。お礼なんか必要ないわ。むしろこっちがお礼を言いたいくらいだもの』

「? あ、ああ、そうか。話、結構楽しんでてくれたんだな」

『ええ』


 何か引っかかるな。まあ、別にいいけど。


『なんにせよ、これで貴方はクソゲーからほぼ解放されたというわけね。心から祝福をするわ。良ゲーをやって、ゆっくりと心を癒してね』

「ああ、言われなくても。グローリー・USでもやるよ」


 ピキッ。


「? 何の音だ?」

『何か聞こえたかしら? いいえ、何も聞こえてないわよね、気のせいよ』

「ど、どうかしたか本当に?」


 何か太平寺、急に少し早口になった気がする。

 しかし本人は『気のせいよ』と下手にはぐらかし、話を押し通す。


「それより、グローリー・USをやっているのね、貴方」

「ああ、やってるよ。アレは本当に最高の良作だからなあ。いやマジで、アレを商業目的じゃなく、金も取らずに配信しているのはすげえよな」


 俺は夜空を見上げながら、心からの感想を話す。


「お前はやったことないか? アレさ」

『いいえ。やったことはないわね。ただ、評判だけは知っているわ』

「ああ、評判、ね……」


 俺は太平寺の言葉を聞いて、少し悲しい感情が湧き出てくる。

 そう。グローリー・USは確かに名作だ。

 しかしそれが名作過ぎる故に――ゲーム・フロンティアが匿名性のあるオンラインゲームであるという特性故に――このゲームには、内容以外の評判があるのだ。


「なんでも、批判的な意見には直ぐに噛みつくような作者らしいな。アレは。それで、相当に叩かれてるって」


 グローリー・USは紛れもない名作だ。

 だが、だからこそ――叩く輩が必ず出てくる。

 内容も知らずに嫉妬に駆られて、根も葉もない理由でバシバシと叩きたいだけの連中だ。

 そして偉大なる作者は残念ながら、そういうことへのスルースキルが皆無であったようだ。絶対にやってはいけないこと・荒らしへの怒りをぶつけてしまったのである。それも、かなり苛烈に。

 火種があったとはいえ、それは作者の人間性を問われる結果となった。悲しいかな、『作者はガキ』だの、『付け上がっている、調子こくな』だの、心無い作者へのコメントが次々に書き込まれ、掲示板ではグローリー・USの話題になるたびに作者批判のコメントが出る程に酷い問題となってしまった。

 そのせいか、グローリー・USは数か月前から一切のアップデートも行われなくなり、放置状態が続いているのだ。


『貴方はどう思ってるの? その問題については』


 と。

 太平寺は心なしか、抑揚を抑えて俺に問いかける。


「悲しい、としか言えねえな」


 俺は答えた。


「ゲームに罪はねえのにさ。変な評判のせいで、新規のプレイヤーがタッチするのを拒んじまう原因になるじゃねえか。あんな最高の作品が、偏見のせいでゲーマーにプレイされないなんて……悲しい以外の何物でもねえよ」

「……その原因って。何にあると思う?」

「何にって?」

「作者が原因か。それとも、根も葉もない中傷をしたプレイヤーが原因か。それを煽った連中が原因か」


 こいつ――中々に難しい質問をしてくるものだ。


「……俺には分かんねえな、そういうのはまあ、元を辿れば、普通に中傷した奴が悪いよな……。俺、グローリー・USの大体の騒動のあらましは見てたつもりなんだけどな。最初は本当にしょーもないような投稿だったよな。確か『これってなんたらかんたらのパクリ』だの、『なんたらかんたらするだけの捻りの無いクソゲー』だとかさ」

「……でも、貴方はそうも言い切れないと言うのね?」

「ああ。どこでも、そういうのは涌くもんだと思ってるからな。そういうのはスルーしちまえばよかったんだ。でも作者はそれが出来なくて、反論しちまったんだ。……正直、批判的な意見を許さねえっていう作者のスタンス、ちょっと子供っぽいとも思ってる」

「正論を言うのね」


 太平寺の口調はあくまでも穏やかだが、皮肉っぽい響きを持つ。


『正論は、いたわりからは最も遠い論だと思うわ』

「ど、どうした? 怒ったか? 作者と知り合いなのか? それに、まだ終わってないぞ」

『終わっていないと?』

「ああ。……責任があるとすりゃ、俺達全員の責任だと思ってるよ、俺」

『全員? ……責任に所在が無いと?』


 教師みたいなことを言うのね。

 それも、怠惰な教師のようなことを。

 心底憎々しげに言うこいつの言葉を否定はしない。


「ああ。――あの一件以来さ。コメントは荒れ放題になったろ? 擁護するようなコメント書いても『作者乙』『信者乙』状態だし、まともにゲームをゲームとして相手取ってねえ。それ以外のコメントばかりが跋扈するようになったじゃねえか」

『そのようね』

「味方がいなかったんだよな。冷たかったんだよ、みんな」

『……』

「いじめってあるだろ。アレ、絶対に無くならないらしいな。いじめる方が原因、いじめられる方が原因っていう以前に、本能的な問題らしいんだ」

『だから今回の件も仕方ないと?』

「いや。――たださ。作者にもっと、味方してやる奴がいてもいいと思ったんだ」


 いじめは周りで助けない奴も同罪だという、正論なんだか教師の怠慢なんだか分からない論があるが、それは俺は無茶なことだと思う。露骨に味方するようなら、同じように巻き込まれる可能性が高いからだ。

 でも、いじめが終わった後に。誰も見ていない場所で、泣いているいじめられっ子に、ハンカチを差し出すことは出来る。

 自分は一人じゃないと、居場所を作ってあげることは出来るのだ。


「恥ずかしい話だけど、俺さ。作者本人に何回もメール送ってたんだよ。『気にすることじゃないです。あなたのゲームはとても素晴らしい』ってさ」

『! 貴方が……?』


 太平寺の声が、少し裏返ったように跳ね上がる声。そんなに衝撃的だったのかな?


「ああ。――でも、結局さ。あっちもカリカリしてたんだろうけど、余計な慰めはいらないっていっつもあしらわれてたんだよな」


 今でも思うことだ。もっと早くメールを送っていれば。敵ばかりではないんだと、作者に気が付かせることが出来たら――或いは違っていたのではないかと。

 でも結局それは間に合わなかった。


「コンシューマーゲームと違って、ゲーム・フロンティアのゲームって大抵一人で作ってるだろ? 一人で、独りだ。だから、どうしても責任も一人だけで被ることになるし、独りで殻に籠りやすくなっちまうんじゃねーのかな。……結局、そういうところを理解しないで。相手が一人の人間だって思わないで、誰も居場所を作ってあげなかったから。作者も潰れちまったんじゃねえのかな」


 叩くなとは言わない。

 公表したのは作者の責任だから何を言われても仕方ないというのも、大っぴらに反論できることではない。

 しかしだからといって、縋るものを与えてはいけないわけではないんだ。

 悪意をぶつけるのが自由なら、善意をぶつけるのも自由なのだから。


『つまり……作者は、作者に都合のいい世界だけ見ていればよかったと? 自分に都合の良い世界ばかり見ていればよかったと?』

「そこまでしろとは言ってねえよ。それはただの現実逃避じゃねえか。……ただ単純に。もっと自分を大切にして欲しかったんだよ」


 受け止め過ぎたんだ。グローリー・USの作者は。

 同時に受け取らな過ぎたんだ。


「夢ばかり見て現実をおろそかにするなって聞くけど、この場合は逆だったのかもな。否定されてるという現実ばかり見て、夢を見なかった。都合の良いものに縋らないと意地になっちゃったんだよな」

『都合の良いものばかり見ていても、何も現実は変わらないわ』

「そういうのは、現実を進む回復アイテムみたいなもんだろ? 回復無し縛りしてたら、現実を進めねえよ。それが出来るのはプロだけだ」





 お前プロ気取りか?

 かつての俺は言われた。

 いつも汚れて、傷ついて帰ってきて。

 黙って引きこもってゲームに興じる俺に言ったのが爺さんだった。

 生意気な奴だな。

 残機ももうろくに残ってない。HPも底を突きかけている。

 そんなヘタクソプレイなのに、まだ回復をしないのか。

 お前のゲームを、クリアしたくないのか?

 俺はゲームを続けていた。

 クリア? したくないよ。

 回復アイテム? そんなの無いよ。

 爺さんは返した。

 ショップに行かないからだ。道に落ちているのに拾わないからだ。

 お前の真後ろに落ちている干からびた回復アイテムでは、嫌か?

 俺はゲームを続けていた。

 回復しても、進んでも意味ないよ。

 クソゲーだし。

 爺さんは言った。

 進まなきゃ分からん。

 とりあえず、回復使え回復。

 使えるもん使わねえと、良ゲーもクソゲーだ。

 プロになるなら、まずはやりこんでからだ。生意気な奴め。

 爺さんは、勝手に2Pコントローラーを挿し込んだ。





「……ま、受け売りなんだけどな。どうにも、そういうものらしいよ」


 とどのつまりの、セルフハードモード。

 かつての俺が選択していた難易度を、グローリー・USの作者も選択していたのだ

ろうな。


「もしもそれをグローリー・USの作者に言ったら……憤慨した後にこう返されるでしょうね」

「?」


 やっぱ知り合いなのか、グローリー・USの作者と。


「貴方と早く出会いたかった、とね」

「お……おう?」


 哀しみ?

 何だ? この声の感情の正体が、掴め――


『ツーーーー、ツーーーー』

「ありゃ」


 そして、途切れる通信。

 少々の疑問を残した電話の終わりだ。


「何だったんだ、一体……?」


 電話を切ってポケットにしまうその時。

 ふと目に入った電信柱の蜘蛛が、いやに目についた。

 明日は大会だというのに――よく眠れなさそうだな、やれやれ。

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