第39話

 ああ、そうか。一応、俺は今日で最後だしな。ここに来ることももう無いだろうし、後は明日の決戦を待つのみ。何かしら形式ばった挨拶くらいはあるのd


「昨日、テレビでクソゲー特集やってたのだけれど、見た? やっぱりメディアの発信するクソゲーって何か違うと思うのよね」

「世間話かよ」


 思わずローテンションに突っ込んでしまった。

 俺がここを抜けるというのに、特に何も無しか……。まあいいけど、ちょっと寂しい気もする。

 それに、その番組は見たし。


「それ、俺も見たよ。確かにまあ、分かりやすいクソゲーっちゃクソゲー達だったけど……エグさがあんまり伝わらないよなあ。芸人が呆れてたり怒ったりしてるだけで」

「そうそう。もっとこう、ねえ。数時間プレイした後の憔悴した姿を見せてほしいわよね」


 と、俺達は結局この話だけで1時間も盛り上がるという離れ業を披露してしまった。

 キーンコーンカーンコーン。予鈴が鳴り、俺達は同時に顔を上げる。

 土曜日の夕方に鳴るこの予鈴は、校門を閉める15分前の、人払いの予鈴である。もっともこの時間になるまで残る生徒は稀で、窓から見ても人っ子一人歩いていない。


「時間か。帰るか」

「そ……そうね」

「?」


 何だか少し様子がおかしい気がするが、ここはスルーし、夕日に照らされるこの部屋をもう一度ぐるりと眺めた。

 僅か一週間程度の付き合いだった部屋でも、こう見渡せば感慨深くも感じてしまうものだ。特に俺の怒声を何度も受けていたモニターには、バキュームカーの中身を延々と映し続けていたにも等しい、液晶も腐るような苦行への労いも込めたお辞儀をしたくなる。

 そして俺達は二人、下校する。

 考えてみれば初めての、こいつとの下校。

 ……緊張する。なんか変に緊張するな。


「……ね、ねえ、一鬼君?」


 校門前。

 俺達は家が逆方向(不死川・四十八願と俺が同じ方向、こいつだけ逆である)であるためここで別れることになるが、剛迫は背も向けずに言い辛そうに切り出す。


「あのさ……もう少し、どっかで時間潰さない?」

「時間潰すって言ってもな。もうわりと遅いし、夜飯とかあるだろ?」

「私、今日は父さんが他県に仕事行ってて泊まりなのよ。だから夕飯の時間はフリーだし。クソゲーハウスでも行かない?」

「ハンバーガーショップ行く? みたいなノリで言うな、あんな魔の巣窟」


 あそこにまた行くには、精神統一を済ませてからでないと不可能である。俺の答えに対し、剛迫はこねこねと手を動かして考え、


「じゃあ、ゲームショップにでも行きましょ。徒歩で30分くらいよね」

「んー……ま、いいけどな」

 剛迫と話しながらなら、きっとすぐだろうしな。






「じゃあ、次はどこにする?」

「え!? まだ行くのか!? もう真っ暗だぞ!」


 現在午後8時20分。ゲームショップで1時間以上も滞在した後だ。

 ちなみにゲームショップでしたことといえば、店頭に出ていた新作ゲームのPVの前での盛んな議論のみである。高校生の男女が過去数十年のゲームの歴史に遡った議論を繰り広げていたのを終始見届けたレジの店員さんは一体何を思ったのだろう。

 剛迫は俺が驚くと、困ったような笑みを見せる。

 あんまりこいつが見せない、『曖昧』だ。


「ま、まあ、そうだけど、今日は特別ってことで。別にどこでもいいわよ、なんなら私の家に来る?」

「いやちょっと待てそれはおかしいだろ!」

「何で? いいじゃない、格ゲーでもやりましょうよ。それとも、ソフトのパッケ裏についての議論? あ、タイトルの流行りの変遷についての議論もいいわね」

「マニアックすぎるし、問題はそこじゃねえよ!」


 この時間に父親のいない女の子の家に行くとは、つまりはそういうことだ。途中で父親が早めに帰ってきて、一波乱起こる未来しか見えない。

 まあ、俺としては本来、満更でもないんだけどさ。

 しかし、今の剛迫は明らかにおかしいのだ。


「さっきからお前……なんかおかしいぞ?」

「おかしい……? そ、そうよね……なんか変よね」


 そう言う剛迫の焦ったような愛想笑い。こんなのは見たことがなかった。


「とにかく、明日は早いんだ。帰ろう。送っていくから」


 剛迫のアパートの方向はもう記憶している。このゲームショップ前からそっちに向かうための道を頭で検索して、向かおうと踵を返す。

 すると、剛迫が俺の腕を掴んできた。


「待って……」


 おかしい。

 それを確信する行動だった。


「もう……少しだけ。あと、少し。少しでいいから……」


 どんな困難にも真正面から挑んで撃滅する。それを体現する剛迫 蝶扇は、何処にもいなかった。今のこの人は迷子の子供のように弱弱しく見える。

 そのことを本人も気づいたのだろう。はっと目に力を取り戻して、俺の手を名残惜しそうに放す。


「は、はは……。へ、変ね、私。おかしいなあ、私。あんなに、楽しみにしてたはずなのになあ……」

「ああ……」


 なるほど。納得した。

 そういうことか。


「怖いのか。明日の大会」

「……」

「ちょっと、その辺に座ろう」


 いつもとは逆だ。ぐいぐい引っ張って自分のペースに引き込むこいつを、俺が引っ張る。

 ゲームショップ横にあったベンチに、自販機でコーヒー(太平寺おススメのもの)を二本買ってから、俺達は並んで座った。

 向かいの花壇に咲いているカモミールの花が、ショップの灯りに映えて、白く微笑んでいるようだった。


「ごめんね、散々付き合わせちゃって」

「ん、構わねえよ。クソゲーに付き合わされるよりは9000倍くらいマシだ」


 俺は皮肉を込めて言ってやった。こいつは自分の罪の度合いの尺度が俺とは異なっているらしい。

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