第38話
「つまりは、あたし達、この状態で戦わなきゃいけないってことだね、決勝戦。最終調整出来ないってことだね」
四十八願が苦々し気に。
「……デマの可能性も否定できないけど、その確認はしようもないしね。デマだと決めつけても、もしも本当だった時のリスクが洒落にならない。相手は絶対にかなり性格が悪いよ」
言う通りだ。
このウイルスの存在は、全ての『改善』のためのルートを封じられているにも等しい。真偽の程が知れないとは言っても『真』だった場合のリスクが高すぎる、いずれにしてもタッチが不能なことに代わりはないのだ。
俺達4人がそれぞれの思いに沈黙するように黙り込む中で星見さんは、
「ワッハッハッハ……。貴様ら一体何を沈んでおる。むしろ好都合ではないのか?」
ガムテープを平気で剥がしながら、その剛健な眼差しで俺達のことを睥睨する。
「貴様らの一回戦の相手はこの星見 人道。――余計なことに時間を割いている暇があったのか?」
今までは抑えていたのであろう、そのオーラを解放する。
皮膚をじりじりと焼くようなその迫力、有無を言わさぬ、鍛えられた玉鋼のような眼光。
絶対強者・天落。俺達の初戦の相手が、そこに居た。
「我はあくまでも警告に来た。だが、これは助言でも、懇願でもある。決勝戦のソフトにかけるはずだった時間を使い、せいぜい、この我を楽しませる程度の作品を作れとな」
紅茶を一気に飲み干した後に立ち上がると、その大きさはまるで霊峰。
これが貴様らの戦う相手だと見せつけるかのようだ。
「我はこれにて失礼する。当日を楽しみにしておるぞ、若き猛者達よ!」
ゲーム機を懐に仕舞い込むと、星見さんは豪快な笑い声を上げた後に、「とう!」と割れた窓ガラスから外に飛び出す。
数秒後に着地の音が響き、その後に追って「そ、空から筋肉が降ってきた!」と誰かの叫び声が聞こえる。
残された俺達は、叫び声のフキダシよろしくのギザギザの割れ目を呆然と眺めた後、誰からともなく顔を見合わせた。
『『弁償しないで帰った……』』
今度の大会に、星見さんへのガラス代徴収という目的が加わった。
ウイルスの存在を告げられた俺達は、その後はギガンテスタワーに時間を捧げることになった。どんな形であれ、相手に作品の情報が流出してしまうのはまずい。そのことを、誰もが須田との戦いで思い知っていたのが一番の原因だろうが――初戦の相手を見てしまったのも、小さくない影響を与えているだろう。
初戦にまずは勝たねば、そもそもその先に進めやしない。
そしてその初戦の相手は、あの霊峰の如き漢なのだから。
それが全員の意識に芽生えたためだろう。しびれるような緊張感の中で作業をした数日間だった。誰もがいつも以上に真剣に議論をしたし(四十八願は勿論省く)、不死川が改変をする速度もいつもよりも素早く、効率を重視していた。決戦を前に武器を磨き上げる戦士たちのように、俺達はクソさを磨き上げていった。
そして磨き上げるたびに削られるのは。
俺の正気でもあった。
この瞬間を記念日、記念時、記念分、記念秒にしたい。
「よし! じゃあ、これを以て! 完成版とします! 皆さんお疲れさまでした!」
夏休み前最後のホームルームの先生の挨拶ですら、ここまでの高揚感を得たことは無かった。
俺は成し遂げたのだ。遂に、この地獄を乗り切った。刑期を終えた。
日々進化するこのクソゲー、クソゲー、アンドクソゲーの日々を乗り越えて。俺は自由をこの瞬間に手にしたのだ!
「ヒャッホオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオウ! やっと終わったぜ、ハッハッハッハッハァーーーーーー! もうこんなクソゲやってやるもんか、バーーーカバーーーカ!」
ホエザルともタメを張れそうな大声で歓喜と罵倒をしながら、俺はこの喜びを全身で表す。
やっと終わった、やっと終わった、やっと終わった! やっと解放されるのだ! この地獄の中の地獄から! ヒャッハッハッハッハッハッハッハッハッハ! ヒャーーーーーーッハッハッハッハッハッハッハッハ!
「ヒャーッハッハッハッハッハッハ! ヒャハハハハハハハ!」
「……ゴー。どうすんのコレ。壊れたよ。モノローグとセリフがそのままリンクしてそうな笑い方してる」
「何を言ってるのふーちゃん! 彼は自分のクソゲーに誇りを持っているのよ! 素晴らしいじゃない!」
「ああ、最悪のクソゲーだよバーーーカ! もう二度とプレイなんてしねーーー!」
「素晴らしい自信よ! グッド!」
不死川のむっちりフィストが俺の頭を打ちぬいた。
瞬間、頭の中がシェイクされ、目の前にチカチカと閃光が弾け――
「は! 俺は一体何を!」
「……狂ってただけ。私に全幅の感謝をしてね」
そんじゃ、と言い残して。
不死川は何時の間にか纏めていた荷物を持って、部屋から退出した。
「ふーちゃん待って、置いてかないで! もー! あ、ゴーちゃん! 明日ってインフィニティ・アリーナに9時集合だよね! OK! んじゃあね!」
片付けと確認と挨拶と移動を同時にこなすというマルチっぷりを発揮しながら、四十八願も部屋からすっ飛ぶように退出した。
残された俺達二人。
剛迫は荷物を纏めもせず、ソファに座ったままだった。
「おーいて。不死川の野郎、本気で殴りやがったな。まあ、お陰で目も覚めたけど。……俺も帰るか」
「待って」
良ゲーで魂の休養をしようとしていた俺を引き留める剛迫。
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