第37話

「準決勝のだと!?」


 準決勝――つまり、ギガンテスタワーで戦う相手! 今、モニターに映っているデータがドンピシャではないか!

 俺は反射的にモニターの前に立つ。


「お前……! ここに何をしに来た! さてはデータを盗み見に!?」

「情報料は高くつくよ? 星見さん?」


 一触即発。

 四十八願は今にもとびかかって顎に一撃を加えそうなオーラを放出している。俺は俺とて、相手の動き次第ではいつでも素人なりにカウンターを合わせられるような心構えをしているつもりだ。この場はまさに戦場と化すだろう。

 だが星見と名乗る男は――


「ワッハッハッハッハ! 若いな、貴様ら! ならば、見よ!」


 豪快に笑いながら法衣の中に手を突っ込む。

 そして取り出したのは――


「あれは……」

「ゲーム機!?」


 巨大なゴーグルのオバケのような、真っ赤なゲーム機。昔に発売された、奇妙なゲーム機の一種だ。

 星見はそれを自分の目にあてがうと、これまた法衣に手を突っ込んで取り出したガムテープで、自分の頭とそれをがっちりと固定した。


「な!?」

「ちょちょちょ、何やってんのお!? ガムテープ剥がす時めっちゃ痛いよそれ!? ギャグにしても体張りすぎでしょ!」


 俺達の声に対して裏腹に、星見は笑う。まるで酒でも酌み交わしているような、上機嫌な笑い声。


「これで、我は何も見えん! これならばよいかな!? 若者たちよ!」

「は……?」

「これで我は、君達に危害を加えることも! ゲーム画面を見ることも叶わぬわけだ! まあ、剥がす時はちょいと痛いがそれはそれだ!」

「……はあ……」

「う、うん……そ、それなら……」

「かたじけないな、若者達よ! 感謝する!」


 星見はどっかりと荷物の上に胡坐をかくと、そのまま深く頭を下げた。武人そのものの見た目に真っ赤で派手でダサいゲーム機が寄生虫のように付着しているのが、なんともアンバランスである。

 突如現れた、初戦の相手・星見 人道。

 一体何が目的で、何のためにこの場に現れたのか?

 まだ臨戦態勢を解かない四十八願の肩に手を置くのは、剛迫だった。


「ヨイちゃん、いいわよ。この人は、大丈夫な人だから」

「そうなの……? 知ってるの? この人を」

「ええ。この方は絶対に、大丈夫よ。卑怯な行いは決してしないわ」

 剛迫の目には、俺達の敵意とは裏腹に、深い憧憬が宿っていた。

「星見 人道さん……。通称・『現代(いま)食いのシーラカンス』。レトロゲームテイストのクソゲーで、正々堂々のストロングスタイルな真っ向勝負を旨とする方よ。そして同時に、ゲーム・フロンティアの教導用ソフトの開発者でもあるわ」

「教導用ソフト?」

「ええ。その経験と作成したソフトの数を生かして、自分のゲームを改造させるソフトを、ゲーム・フロンティアで初めて作成したの。下地が出来上がってるからゲームが比較的簡単に作れるから、ふーちゃんに会う前の私も利用していたわ。……いわば、私にゲーム作成の門戸を開いてくれたソフトよ」


 剛迫にゲーム作成の門戸を開いた。

 それは本当にいいことなのかどうか、少し疑問符がつくことである。


「まあ……ちょっと問題のあるソフトでもあったけど」

「?」


 小声で少し付け足す剛迫。何かあったのか?

 少しの引っ掛かりはしかし、星見さんが豪快な笑い声で吹き飛ばす。


「ワッハッハ、我を知っておったか、千変万化の姫術師!」

「ええ、勿論です。私の尊敬するクソゲーメイカーの一人ですから。お会いできたこと……そして、大会で戦えること、光栄に思います」


 剛迫は、一般家庭出身の高校生とは思えないくらいに完璧で優雅で、丁寧な礼をした。しかし表情は硬く、緊張が見て取れる。

 本当に、この男は――有名なクソゲーメイカーなのか。それも、剛迫が尊敬するような。


「ワッハッハッハ! このような麗しきお嬢さんに尊敬されるとは、この星見もまだまだ隅には置けんようだなあ!」


 影の無い笑い声、豪快なその見目。そして剛迫の言葉とその態度。

 それらで納得したらしく、ついに四十八願も矛を収めたのか、臨戦態勢を解き、隙だらけの動きでカセットを拾い上げる。


「はい、最初に投げたやつだよ。――ごめんね、つい癖でね」

「よいよい! 気に病むことは無い! 我先にと皆を守るために進み出るその気概、感服したぞ! 前途ある若者の頼もしき姿は、我のようなオヤジにとって何よりの眼福! 精進するがよい!」

「へへへ、ありがと」


 武人は武人同士。絆が芽生えてしまったらしい。

 実際戦ったらどっちが強かったのか見たかったと思うのは、男の子のサガというものだろう。


「時に! キーボードを持った少女よ!」

「はひい!?」


 ビビりまくりの不死川、裏声まで出して思いっきり後退する。


「お主、なかなか良き乳を持っておる! どうだ、一つ我に揉ませては……」

「黙れエロオヤジコラア!」


 俺の一撃である。後頭部に蹴り一閃だ。


「迷いの無き良き一撃よ! ワッハッハッハ、おのこたる者、そうでなくてはな! だが我もおのこ故、よ! 貴様ならば分かるだろう、あの者の乳の価値が!」

「うん、分かる。すっげー分かるわ。すっげーぷよぷよしてそう」

「流石よ! お主! この後酒でも飲みに……」


 初動から一撃までの軌跡が完全に見えない、暗殺者の拳が二匹のオスを仲良く打ち抜いた。


「……ゴー、この人はいずれにせよ不審者。抹殺する必要があると思うんだけど」

「待って待って! ウェイト! ホント星見さんは尊敬してるんだからやめて!」

「……けっ」


 恐ろしく不満げに腕を組んでソファに沈み込む。さっきまで怯えまくっていた奴とは思えないが、一度吹っ切ってしまうと大丈夫な人なんだろう、きっと。

 まあ、何にせよ。

 不審者・星見 人道は、こうして、来客として迎え入れられることになった。






「このゲーム・フロンティアにウイルスが仕込まれている?」

「その通りよ」


 出された紅茶を飲みながら、星見さんは大きく首肯した。


「実は我のところに、黒き甲冑を纏った者が来てな。そして、言ったのだ。我に、すまいるピエロの情報を渡すと」

「何ですって……?」

「黒い甲冑……あいつだね」


 言わずもがな。

 謎の黒騎士のことである。


「無論、我は正々堂々の勝負にしか興味が無いが故、情報を耳に入れることは断った。しかし奴は、情報をどう手に入れたのかを問うた時に、不用意にもそのネタを零して行きおった」

「それが、ウイルス?」

「左様。――なんでも、奴らが独自に開発した新型ウイルスらしい」


 瞬間、不死川が普段の緩慢さからは考えられない速度でゲーム・フロンティアにアクセス、打鍵の音が『一つの音』にしか聞こえないほどの速度でキーボードを叩き、そのデータ内のあれこれを探り始めた。

 獲物を探す爬虫類のような目の動きでウイルスを探しているらしいが、数秒後に諦めたようにキーボードから手を放す。


「……見当たらないんだけど。デマじゃないのそれ?」

「否。奴は、見つからないウイルスと言っておったな。発見不可能な状態で潜伏する。そして、中のデータで『保存』や『移動』などの動きが行われた場合、そのデータが奴の手元に届くようになっているらしい」

「保存や移動……」

「つまり――更新や、データの移動を行えば奴に情報が流出する」


 更新やデータ移動で情報が流出する。

 それは即ち、


「もう……いじれないってことか? この中のデータは……」

「そうなるな。――だからこそ我は、貴様らが決勝用のデータを起動するのを止めたのだ。何せ奴は、決勝戦の方のデータは掴んでいない様子だったのでな」


 不幸中の幸いということか。

 もっとも、その幸いもまた新たな不幸であるわけだが。

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