第四章 落ちた天に蝶は舞わず
第35話
大会まで、後4日。
そんな切迫した状況下だが、俺達は休み時間中に接触してミーティングなど、意識の高いことはしていなかった。元々ギガンテスタワー自体の完成度自体が相当であるという剛迫の自信と、クソゲーは日数が無い方が純度が高まるという謎理論の表れなのだろう。
しかしだからこそ、なのか。
活動時間は、変に気合が入っている。
「すまいるピエロ理念唱和! 一つ、すまいるピエロは!」
剛迫(ごうさこ)の振るうタクトが四十八願(よいなら)に向いた。
「クソゲーしか作りません! 良ゲー凡ゲー馬鹿ゲーは決して許さず、仏もキレる、ロークオリティのクソゲーしか作りません!」
「一つ! すまいるピエロは!」
今度は不死川(ふしかわ)に向いた。
「……妥協を決して許さない。快適部分も計算ずく、1フレームごとの不愉快に心血を注ぎ、毛根すら絶やす最低の体験を創り出す」
「一つ! すまいるピエロは!」
今度は剛迫自身に向いた。
「愛無きクソゲーを作りません! 千人万人億人の罵倒を受けてなお、最低最悪の我が子を、最低最悪が故に愛し続けます!」
「では、スローガンを唱和します!」
そして最後に全員の唱和。
不死川だけ明らかに声が聞こえなかったが。
「黄金の時間も屑鉄に! 絶やせ毛根、上げろ血圧、下げろ両肩、吐かせろため息!」
そしてタクトをもう一度全体に派手に振るうと、剛迫は凛と宣言した。
「ではこれより! すまいるピエロ、活動を開始しま……ん? どうしたの、一鬼君? 浮かない顔をしてるわね」
「どこからツッコめばいいのか分かんねえクソ理念とスローガンを聞かされて、ちょっと色々と限界を感じたんだよ」
「まあ!? 限界ですって! それは困るわ、まさかクソゲーシック!?」
「クソゲーシックって何だよそれ」
「クソゲーし過ぎで、肉体にまで影響が出ることよ。最悪死に至ることもあるの」
「それただのストレスじゃねーのかよ、死因がクソゲーとか遺族にどう顔向けすりゃいいんだよ」
「良ゲーが特効薬よ。どれがお好み? 処方するわよ」
「永遠にそれだけ処方しててくれよ……」
だが、俺がこの場でやるのは残念、クソゲー中のクソゲーなのだ。クソゲーシック待ったなし。パンチドランカー中にヘビー級チャンピオンと戦うフェザー級のような心持ちである。
真ん中のソファに相変わらず俺は腰掛け、その右手に来るのが剛迫。左に座る不死川。そしてソファの後ろでくつろぎ自由型競技に参加する、四十八願。この体制になるのは三回目だが、画面がつく前なら本当に男としては天国のような有様だろう。
「よっこらせっと!」
四十八願が俺の両肩に肘を載せてきて、顎をもろに頭の上に載せてくる。どうやら今回はこれがこいつの型らしい。正直痛いし重いが好きにさせてやろう。
かくしてギガンテスタワーを相手にする俺。
それを見ている開発者三人。
俺はまず――握っているコントローラーに目を落とした。
昨日の戦いを通し、俺は自分がいかに意識を低くこの作品をテストしていたのかを思い知った。これからはより客観的に、より深く――そして多角的に、考えなくてはいけないのだ。
どんな形であろうと、やると決めたら責は果たすべき。そう信じているから。
「なあ、剛迫。死角だったんだが――まず最初によお、チュートリアルでも付けてやったらどうだ?」
俺はまず、昨日の戦いを通して最初に抱いた問題点を口にした。
案の定、剛迫と不死川の顔に雲がかかる。
「なんですって?」
「……そんな親切設計を?」
「いやいや、単なる操作説明だよ。それも、パンチとジャンプだけの操作説明な」
「……」
クソゲーバトル新参の俺の意見をしかし、二人は黙って真剣に聞き入っている。俺は向かってくるデッドリープラントをとりあえずキックで撃退し、コントローラーを2人に差し出した。
「ほら、今みたいによ。昨日もそうだったが、キックが先に見つかっちゃったら、パンチのクソ性能はまずもう使わないだろ? だから、序盤はパンチコマンドだけ教えておけば、それだけで進ませることが出来るんじゃねえか?」
攻撃ボタンはこれだ、と印象付けることによる誘導だ。パンチの低スペックを最初に味わわせてこその、キックのバランスブレイカーなのだから。
剛迫は、新米中の新米の意見をしかし、玄人の指摘の如くしかめ面で聞いている。
「……続けて、一鬼君」
「ああ。それに、ジャンプコマンドも表示するってのはな……。コマンド探しでテンポ悪くしてる気がするんだよな、コマンド表示しないと。確かに不親切設計っていうクソゲー要素なんだろうけど、クソゲーバトルはスピード感あるだろ? 畳み掛けるようなクソ要素で、審判を蹂躙するバトルっていう印象を受けた」
「……」
不死川はすでに呑み込み、それに更なるクソ要素を付加することでも考えているのだろう。湿気多めの小動物アイズを右往左往させ、何かを思案している。
「こうして何度かコントローラー握ってたら、分からないことだったけどさ。不親切なだけがクソゲーじゃないだろ? 逆に親切に見せかけて、不親切を押し付けるっていうのも、一つの道じゃねえのかな」
「親切に見せかけて、不親切を押し付ける……」
それは、ポケットに栓抜きを忍ばせておきながら、瓶コーラを持つ人にトンカチを渡すようなものだ。ハズレ要素を最初に印象付けて、後から栓抜きを手渡し、『最初からそっち渡せ』と怒りを誘う、というわけだ。
三人それぞれの理解は終了し。ほぼ同時に感想が飛び出る。
「ゲスいわね」
「……クッソゲスい」
「正直ちょっと引いた」
「常日頃ゲスいクソゲー要素考えまくってるテメーらが言えた義理かァ!? アアン!? どうなんだ、その胸に訊いてみろ!」
全員に満場一致で引かれ、俺は怒声と共にコントローラーをたたきつけた。何でここまでゲス扱いされなきゃいけねえんだよ、クソゲー作りまくってるゲス共に。
しかし剛迫はかえってあっけにとられたように、少し狼狽する。
「ちょちょちょ、落ち着いて! 私達は貴方を褒めているのよ!? まさか貴方がこんな短期間でそんなゲスい要素を考え出せるなんて、と!」
「……即堕ち2コマもびっくりだよね。絶対にクソゲーなんかに負けたりしないって言ってた翌日に、コレだよ。ある意味逸材だよ、クソゲーには勝てなかったよ」
「さすがワシが育てたゲス男じゃ……。もうワシからは言うことは無い! この、皆伝の書を受け取るがいい! そしてクソゲー界を導くのじゃ!」
どこからか取り出した四十八願の巻物は手でひっぱたいて叩き落とした。
しかしその手を、剛迫は拾い上げるように掴んで、永遠の忠義を誓う女騎士のような熱っぽい視線を俺に向けてきた。
「やっぱり、私の目に狂いはなかったわ……。貴方は最高のクソゲーメイカーとしての覚醒をしたのよ! これで私達は天下も取れるわ!」
「取りたくねえよ! クソゲーの天下なんざ!」
クソゲー天下。直訳すれば魔界、意訳すればディストピアになる単語だ。
「盛り上がってきたわね! がっしがし行くわよ、どんどん進めちゃって! 貴方がゲス野郎であればあるほど低まっていくクオリティに、私は大いに期待しているわ!」
「……あ、待って。さっきのメモしておくからさ……」
どうやら俺の発想は大いに気に入られてしまったらしいが、それはつまり立派なクソ要素として認められてしまったということだ。
承認されてしまえばそれは世間的には承認されないこと。異常な世界でのみ得られるこの複雑な心境に呑まれてしまえば、それこそクソゲーの暗黒面に堕ちてしまいそうだ。
だが、それでも。
ゲーマーとして、クソゲーを作るという裏切りに手を染めることになろうとも――。一度手を貸した以上は開き直って、もうとことんやってやる。毒を食らわば皿まで、というやつだ。
このお姫様にも匹敵すると自負する、十数年間のゲーマーとしての知識と経験を以て――最低のクソゲー、作ってやる。
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