第34話

「はっ!? もうこんな時間か!」


 現在、午後9時後半にして午後10時直前の時刻。

 およそ女子高生を引き留めるべきではない時間であることに気が付いたのは、スマートフォンで太平寺の知らなかったゲームパッケージの画像を検索しようとした時だった。

 労働基準法では満18歳に満たない者は午後10時以降まで使役してはならないという法律になっている。時間的に法に触れるギリギリのラインだ。


「す、すまねえな太平寺、こんな時間まで……。物騒だから、送ってくから」

「ふふ、紳士なのね。――でも、わたくしは別段送ってもらう必要はないわ。このくらいの時間まで散歩するのは普段のこと。それに、たとえ乱心された殿方が迫ってきても問題はないわ」

「え? 護衛でもつけてたのか?」

「いいえ」


 闘気を発する四十八願とは対照的に――不意に太平寺の『気配』が希薄になる。

 そして、かまいたちのような刺突が俺の顔の横を通り過ぎた。

 魂を抜かれた気になる俺に、艶っぽく耳打ちしてくる太平寺。


「――必要がないだけよ」


 引き戻される太平寺の蜘蛛の脚のような指の間には――視認すら難しいサイズの羽虫が摘ままれている。

 四十八願といい剛迫といい、俺の周りにはホント頼もしい女子しかいねえなオイ。男の株、暴落し過ぎだろ。


「まあ、わたくしも帰った方が好ましいというのは事実。宴もたけなわとしましょう、一鬼 提斗君」

「ああ。まあ、ほんと気をつけてな。物騒だから」

「ええ。貴方も今日はゆっくり休むことね。また明日からもクソゲー作りをするのでしょう?」


 明日からまた、クソゲー作り。

 これから一か月休みはありませんと通達されるに等しい絶望感を持つ響きにしかし、俺は別の反応を示して。気が付けば、口火を切っていた。


「……なあ、太平寺」

「何かしら」

「お前から見て、ギガンテスタワーはどうだった?」


 俺が口にすることそのものが奇妙な質問。

 太平寺も少し意外そうにその目を開いている。


「……嫌々協力しているものと思っていたのだけれど、意外にそうでもないのかしら? 意外に意識がお高いのね」

「まあ、嫌々、ではあるけどな……。やるからには、ちゃんとやりてえんだよ。俺は」


 あれだけの情熱を持って作ったゲーム――一度協力すると口にしたからには、半端な仕事をしてはいけない代物だと、今日改めて気が付かされた。

 剛迫が、その無限の可能性を捨ててまで注力したゲーム。

 それがどんなものであれ、どんなクソゲーであれ、情熱の価値は変わらないのだから。


「だから、知りてえんだよ、太平寺。お前レベルのゲーマーならある程度は分かると思う……。感想を率直に言ってくれねえか?」

「調整不足」


 すっぱりと言い切る。


「今回の対戦相手は確かに貴方達のゲームを模倣していた。でも、だからといって野良試合で負けるようでは大会では勝てないわ。対戦相手のカードは、もう通達されているのでしょう?」

「ああ。かなり強い人だよ」


 言ってから気づく。

 何で、対戦相手のカードが通達されていることをこの人は知ってるんだ?


「今回の相手は見る限り、素人。エヴォリューションの存在自体を知らないほどの、クソゲーバトルの説明書すら見ていないような素人中の素人だったわ。それより格段に格上の相手を倒すには、今のままではまるで足りないと判断するわ」

「……やっぱりか」


 まだまだ足りないのだ。俺達のゲームは、まだ格上を討てない。

 目の前にある受け入れがたい事実を、太平寺は遠慮なく通達する。

 全くもって有難く、同時に少し憎らしい。そんな感情を察したのか、太平寺は――こいつにしては屈託の無さげな笑みを見せる。

 無理をしてる感がちょっと怖い。


「そんな根を詰める必要はないわ。貴方は出来ることをすればいいだけよ。貴方が考える改良……いえ、改悪をして。貴方なりに隙のないクソの山に仕上げればいいのよ」

「隙のないクソの山ってひでえ単語出すなよ。ただの隙間の無いクソの塊じゃねーか」

「似たようなものじゃない」


 100%同意する。

 話が変な方向にそれ始めたが、太平寺はここで掌を軽く打ち合わせる。


「はい、じゃあ今日はここまでにしましょう。労基は守らなくてはいけないわ」

「え? ……あ! そ、そうだな! わりい!」


 見ると10時10分。

 労基に反してしまっている時間だ。まあ、労働ではないけど。

 長く引き留められてしまった太平寺はしかし、おもむろに一枚のメモ用紙を取り出すと、そこに素早く何かを書き込んでいく。


「はい、どうぞ。わたくしのメールアドレスと番号」

「え?」


 メールアドレスと、番号?

 脳の処理は追いつかなかったが、その意味に体は敏感に反応して熱を帯び始める。

 俺の胸ポケットにそのメモ用紙を丁寧に折りたたんで入れると、太平寺は俺の体を這う蜘蛛のように体を寄せ――またも艶っぽく囁いてきた。


「貴方との会話、とても楽しかったわ。また、お話しましょう」


 俺の理解が追いついたのと、太平寺が身を翻すのは同時のこと。

 からかっているつもりなのか、と吐き捨てるには、俺の心臓はとても正直に、ビートを刻んでいる。

 街灯に照らされる太平寺の百合の腕輪は――丘に咲く白百合のように、満足げな光をたたえていた。

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