第36話
「……ふう! 久しぶりに、最高に充実した数時間だったわね!」
剛迫の白肌は、内側からの輝きによって更に艶やかさを増していた。血色も見違えるほど良くなり、ほのかな桃色に染まっている。
一方の俺は、不健康な土気色に染まっているだろうに。頭がふらふらして、なんかもう色々とやるせない気分になる。
「……じゃあ、今からプログラムするから、ちょっとコントローラー貸して」
「はい……よっと」
不死川の小さい手にコントローラーを渡すと、即座にキーボードとの接続を行い、打鍵を始める。早送りのような速度でギガンテスタワーの情報が改悪されていく様は、カビの浸食に似た光景だった。
その全ての改悪が俺が提案したものだと思うと、なんとも背徳的な気分になる。
「しっかし、結構変えたねえ。ゲーム性そのものは大丈夫なわけ?」
途中で飽きたハブられキャラ・四十八願は、逆立ちしながらの腕立てをしながら俺に問いかける。服がめくれて腹が見えないように雑にガムテープで裾を固定しているのがどこか間抜けだ。
「ああ、あくまでもオプションの範囲。改善の範囲だよ。俺がプレイしてみて感じたギガンテスタワーらしさは、損なっていないはずだ」
「クソ要素をよりブラッシュアップして、より見えやすくした……。ギガンテスタワーらしさをより引き出すための、素晴らしい改善だったわ。これならば、きっと第一回戦を突破できるはずよ!」
テンションアゲアゲノリノリの剛迫を見て、ふと母性に溢れる笑みを見せる四十八願。
相変わらず、こいつらの力関係はよくわからないところだ。
「でよお、剛迫。ギガンテスタワーに関しては、これでいいと思うんだけどな?」
「ええ、どうしたの?」
「決勝戦に出すゲーム、俺は知らないんだが?」
そう。
俺は、肝心の決勝戦に出すすまいるピエロのゲームを、タイトルすらも知らないのだ。
大会まで今日を含めて4日しかないというこの状況下、テストプレイヤーである俺に尻尾をチラ見すらさせてくれていない。それどころか、それの存在に触れたことすらなかったように思う。
最終決戦兵器。すまいるピエロの放つ、究極のクソゲー。
指摘された剛迫は、不意に不敵な表情を見せて、一言。
「やりたい?」
「……ど、どうした?」
「言っておくわ。あのゲームはね。最終決戦用だけに。『本当に危険』よ? 特に――貴方にとっては」
バラエティ番組のオカルト特集の司会もかくやのテンションで、剛迫は俺に迫ってきた。
「だ、だってよお、やるしかねえだろ。テスターなんだから。嫌でもやらせる気だろ? お前は」
「アレだけはね、ちょっとホントに、貴方がこのすまいるピエロを抜けてしまいそうな気がしたから……。やらせないようにしよっかなって思ってたのよね」
「ずいぶん……自信あるんだな?」
自分でハードルを上げまくっていることに気が付いているのだろうか。しかしその不敵な笑みと口調からは、有無を言わせぬおどろおどろしさがたっぷりと伝わってくる。
「ふふふ、当然よ、この私の最終兵器だもの……。いいわ、それならやらせてあげる。貴方は果たして、この部屋を破壊せずにいられるのかしら?」
「それ明らかに味方に言うセリフじゃねーよ。負のエネルギーを吸収する類の魔物のセリフだろうが」
「ふふふふふふふふふふ」
闇落ちした姫騎士という言葉がぴったりのビジュアルである。
ゆらりと不死川に目を向け、コントローラーを手渡すように要求する――が。
「起動してはいかぬ!」
それを阻止したのは。
『外から』放たれた――一つのカセットだった。
「!」
物が積まれて覆われている窓が割れ、荷物の隙間を縫って中に侵入したカセットは、コントローラーを一撃で跳ね飛ばした。
刹那、疾風迅雷の速度で臨戦態勢に移る四十八願。両腕でジャンプしたと思うと一瞬で体制を整え、電気信号よりも素早く窓に向かって駆けだし、カセットの入ってきた隙間から叫ぶ。
「誰!? 名乗れ!」
「ワッハッハッハッハ! その対応の速さ、迷いの無さ! あっぱれ! 猛々しき娘よ!」
それは、壮年の男性に特有な野太い声だった。
剛迫は窓とは逆方向――男が投げ込んだであろうカセットを手にしていて、目を丸くしていた。カセットは凶行とは裏腹に小さめのケースに入っていて、本体が傷つかないようになっている。
「このカセットは……。な が い た び が は じ ま るゲーム!? そしてこのケース……まさか……! 貴方は!」
誰かを特定したらしい剛迫も、窓に駆け寄ってその隙間から相手を確認した。俺も倣って、隙間から確認する。
『彼』は――
部室塔から十メートル以上は離れた、校舎の屋上に立っていた。
見るからに猛々しい男だった。首から十数個のカセットを数珠つなぎにしていて、黒い法衣のような服を纏っている。全身を覆う筋肉はしなやかさではなく岩山のような荒々しさと頑強さを携え、針金のような剛毛は後ろで縛り上げている。顔は四角くごつく、その眼光にはエネルギーと男性ホルモンがこれでもかと言わんばかりに迸っているようだ。
「とうっ!」
そして男は、純度100%の『漢』で出来ている体を宙に投げ出し、こっちの部室塔にまで飛び移ってきた。手には古めかしいカセットがいくつか握られ、散弾銃クラスの破壊力を伴ったそれらを窓の四方に投げつける。
直撃――。窓が割れ、荷物が崩れる。人もテレビも無い空白のスペースに雑多な荷物の絨毯が敷かれた。
その上に躊躇なく着地した男は、紐で括ってあった投げたカセットを少しの手の動きで回収すると、ぎろりとモニターに目をやった。
「そこの者! それは、準決勝のためのデータであるか!?」
「……! あ、えと、その……~~~~~!」
完全に挙動不審になった不死川。
この手の恐怖には弱いのだろう。すっかりヘタレてしまって、剛迫の腕をぎゅっと掴んでいる。
「そうだけど。それが何か?」
「否! それならば、何もない……。さりとて! この場では決して、決勝戦のデータを出すではない!」
つくづく声のデカいこのおっさんの指図が、癇に障ったのだろう。戦闘担当の四十八願が前に出た。
「ちょっと待った、おじさん? いきなり出てきて指図されても、困るよ? まずは名乗ってもらって、何でいきなりそんなこと言い出すのか説明が欲しいところだよ。あ、あたしは四十八願 桂子。笑いと破壊と混沌の申し子だよ」
大体合っている適切な名乗りに、男はしかしひるむことも無く豪快に笑う。四十八願とは別方向の、明るい笑顔だ。
「おお、それもそうか! いやあ、すまぬな! 我が名は、星見 人道(ほしみ じんどう)! 貴様ら、すまいるピエロが準決勝の相手よ!」
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