第30話

「恥ずかしいことばっかすんじゃねーよテメー!」


 俺は溜めに溜めていた恥ずかしさを、ようやく存分にリリースさせていただいた。

 ここで頭をひっぱたかなかったのは、ひとえに俺の出来た人格のおかげだろう。剛迫(ごうさこ)は俺の寛大さに感謝すべきだろうに、本人はどこ吹く風だ。


「何か恥ずかしい要素があったかしら? 私はベストを尽くしただけよ」

「あのなあ。仲間がステージ上でノリノリでヒーローごっこ紛いのことをしまくってるのを観戦してる身にもなれよ。すっげー痛いんだよ、大激痛なんだよ、俺にとっちゃ」


 俺は恥ずかしさで火照った体を冷やすために、『クソーダ』なる最低のネーミングがつけられたソーダを飲んだ。

 俺達が今居るのは、クソゲーハウス内の食事スペース。ファーストフードが主に売っているが、どれも妙なネーミングがつけられているのが特徴だ。正直、余り声に出して言いたくないくらい最低な名前のものが多いわけだが。


「会場を盛り上げるのは、戦略の一つなのよ? 周りが楽しんでいるのに自分だけクソゲーで遊んでいるという劣等感を審判に植え付けるために、ああいう演出をしてるの。戦略なの、せ・ん・りゃ・く」

「楽しかったか?」

「最高に楽しかったわ! あの詠唱してるときはホント最高の気分よ!」

「やっぱり趣味じゃねーかお前!」

「ふっふーん♪」


 上機嫌でニッコニコの剛迫である。

 ダメだこいつ、早くなんとかしたいものだ。


「っていうか、パッチなんて手があったんなら、最初から言えよ、すっげーハラハラしただろうが。アレ、毎回使えるのか?」

「ええ。一試合で一回だけ使えるルールよ。相手のクソゲーや審判の受けを見て使うんだけど、後出しだから勝利ポイントは半減しちゃう。でも、使いどころと内容によっては、逆転勝利を演出出来るクソゲーバトルの華の一つよ」

「いちいち詠唱を挟む意味は?」

「気持ちいいじゃない! みんな言ってるわよ、パッチ適用の時は! でも正直、魂が震えたでしょ? ね、そうでしょう!?」

「……べ、別に」


 まあ。

 正直、ちょっと燃えた。

 っていうか、結構燃えたけど。

 俺だって所詮は一人の男の子だ。勘弁してくれ、そこは。


「ま、バトルのことはこの辺にしといて……。ヨイちゃん、ふーちゃんはどう?」

「んー、まだ起きないね……。ただ睡眠薬で眠らされてるだけだから、そんな焦らなくて大丈夫じゃないかなあ」

「そう……。それならよかったわ」


 不死川(ふしかわ)は、四十八願(よいなら)に赤ちゃんのように抱えられていた。

 女子トイレで四十八願が調べたところによると、外傷は一切なく、呼吸も整っていて、ただ眠っているだけらしい。本当かどうかは、何人も気絶させて仕留めてきた四十八願先生がソースだという事実が証明している。


「しっかし、やっぱ重いなあこの子。よくあのナイトもずっと抱えてられたね、怪力だよ」

「そろそろ不死川の体重について触れるの止めてやれよ。別にいいだろ52キロだからって」

「52キロの重圧を知らないでしょ! この身長で52キロだと、相当な圧迫感があるんだよ!? 52キロって!」

「そうね、サイズ的にもうちょっと軽いかなって油断してるとクルのよね、52キロ……」

「圧し掛かられてるだけで割と重いんだよな、この52キ……」


 俺が言いかけた、その瞬間。

 黒い電撃のような殺意が閃いた。

 人間の反応速度の限界を超えた速度の一撃が俺の腹を貫き、ほぼ同時に残り二人の腹部も全く反応出来ない速度で貫いていく。


「……ごじゅう……!」

「にき……」

「ろ……!」


 一秒未満で三人をKOした不死川。

 机の上に立ち、悪鬼羅刹の如き凶眼で俺達を睥睨する。


「……次、私の体重について触れたら二回殴るから」

「げほげほ……お、起きたのね、52キロちゃ……!」

「お、おはよ! 52……」

「無事で何よりだ、52キロ……」

「……全員、死にたいんだね。分かった」


 男女平等なる制裁。真・不死川無双の開幕。

 ラスボスは救出したお姫様だったのだと、俺達は体を以て思い知るのだった。

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