第29話

 画面が元に戻ると、即座に会場がどよめいた。


「な、何だ、あれは?」

「あれが……さっきまでの、ゲーム?」

「何か……画面がごちゃごちゃしてないか?」


 それは、ポーズ画面のままでも分かる変化だった。

 ゲージが三本増えている。


『こ……これは、剛迫選手のギガンテスタワー! パッチによって、体力ゲージ以外のゲージが多量に追加されました! 一体これは何なのでしょう!?』

「見ていれば分かるわ」

「小細工の可能性・『4』……」

「それは当たってるわ。でもね。その小細工が――クソなのよ」


 ギガンテスタワーを進化させた剛迫は、椅子に腰かけた。

 審判は気を取り直したのか、移動を開始する。

 すると、ゲージの一本が急速な速さで減っていった。


「……第二の縛り・『スタミナ概念』」

『こ……これは、スタミナ制!? しかもこのスタミナ、減りが異常に速―――い!』

「言っておくわ。スタミナが空になるごとに、体力が四分の一減るわ!」

「何ぃ!?」

「四分の一!?」

「も、もう迂闊にキック出来ねえじゃねえか!」


 動いて、止まって。動いて、止まって。少し移動するだけで減りまくるスタミナ概念が導入されたギガンテスタワーは、更なるストレスの権化になっていることが見るだけで分かる。

 制限時間の概念は消えたらしい。流石に制限時間まであると、クリア不能だと本人が判断したのだろう。

 だがこれは、本当に余りにも――嫌らしすぎる。

 明らかに横スクロールアクションゲームでやることじゃない。


『す、スタミナの概念が導入されて、明らかにペースが落ちています! 移動したくても移動できない! 移動し過ぎれば死に近づく! 一体何だこの虚弱体質なナイトはーーーーー!』


 それでも何とか敵の前までたどり着く審判。デッドリープラントに繰り出すは、キックだ。

 数発当てて、ぼふん、と消え去る敵。

 すると、ゲージの一本が三分の一まで低下した。


『こ、これは!? スタミナの下のゲージが一気に低下しましたー! これは一体何でしょう!?』

「それは、ホトケノカオゲージ! ボス以外を三回殺生をすれば、ナイトの信仰する神に罰せられてゲームオーバーよ!」

「殺せねえのか!?」

「ってかこいつ仏教徒なの!? どんな設定なのこいつ!」

「結構敵いるゲームだよなこれ!?」


 移動が自由にできない。殺せない。

 これだけでアクションゲームとしては、相当な縛りになってることは理解したくなくても出来てしまう。

 アクションゲームの軽快さを殺す、これらの要素をただでさえクソなギガンテスタワーに詰め込んでしまった――

 想像するだに恐ろしいモノの出来上がりじゃないか。

 けなげな審判はそれでもプレイを続ける。すると、俺も見たことの無い新キャラがのこのこ歩いてくる。簡素なドットで作られた、女だ。


「何だアレ?」

「おーい審判、触ってみろ! 敵かどうか見てくれー!」


 会場の興味は、完全にギガンテスタワーに移っていた。

 無間天獄の方はジャンプの場面でいちいち止まるせいでタイムアップになる、もしくは誤爆での死亡で一向に進まない。当然の流れだろう。

 そして新キャラ・女に触るナイト。

 ホトケノカオゲージの下のゲージが、ちょこっと減少した。


『え……えーっと、剛迫さん? このゲージは何ですか?』

「第三のゲージは、リビドーゲージよ!」

『リ……リビ?』

「女に触れて消化しきらなきゃ、救い出した姫を前に抑えきれなくなってバッドエンドになるのよ」

「何作ってんだ剛迫コラア! 何を抑えきれなくなるんだよ言ってみろやァ! どうしてそんなものを作った! 言え! なんでだ!」

「イッチ―落ち着いて! ストップストップストップ! ……うわ、力強!? 怒り過ぎだよお!」


 これはクソゲーというか馬鹿ゲーというかなんというか。こういう公の場で出しちゃいけないモノじゃねーのか。

 っていうか、開幕でゲージマックスってどんだけ煩悩まみれなんだこの仏教徒。女に触れて何故ホトケノカオゲージが減らない。

 ゲージの追加でどんどん増えていく縛りに、審判の顔がどんどん赤くなっていく。敵を殺せない縛りとジャンプの操作性の劣悪さ、そしてスタミナの減りの速さのコンボが強力なストレッサーになっているらしく、見ているだけでその苦しみは伝わってきた。

 相手を倒したい。自分にはその力がある。

 しかし、倒せば自分が死に近づく。

 さりとて、逃げることもままならない。劣悪な操作性のジャンプで無理に避け続けるしかない。

 それは、どんなにムカつく奴でも殴れば犯罪になってしまうという閉塞的な環境でのストレスを体現したような、嫌なリアリティを想起させる。

 おまけのように存在するリビドーゲージを消費するための女も、最初の一人目はチュートリアルだったと言わんばかりに、二人目以降は鬼のような歩行速度で通り過ぎていく。


「こ……こりゃ、ひでえ……!」

「やっぱり、あの人は悪魔だ……!」

「絶対にこんなのやりたくねえ……」


 生まれ変わったギガンテスタワーは、会場の空気を完全に呑み込んだ。

 様々なクソゲーを目に焼き付けてきたであろう観衆をもドン引きさせるという低みに達した俺達のゲームの惨状は審判の精神を確実に蝕み、彼らはついに――


「こんな仕事やってられっかああ! 俺はもう帰る!」

「俺もだ! こんなクソゲーもうやってられねえよ! ふざけんじゃねえ!」


 全ての責任も何もかも放り投げて。

 コントローラーを引きちぎって、床にたたきつけた。

 瞬間――観客が、ワールドカップのゴールの瞬間もかくやの大歓声を上げる。


「『投げ』だあああああああ! 投げが入ったぞおおおおおお!」

「すげえ! 投げなんか直接見たの初めてだ!」

「うおおおおおおおおおおおおお、投げたああああああああああ!」


 余りのクソさに耐え切れなくなり、訓練された生贄であるはずの審判ですらもブチ切れる。それはかなりの衝撃らしく、見回せばクソゲーハウスの殆どの客はこの大型モニターの前に集まっていた。

 実況の姉さんも感極まり、手の甲に血管が浮くほどに強く握りしめて――大歓声を貫く大声を上げる。


『投げましたああああああああああ! クソゲーバトル実況歴一年のこの私、審判の投げを見たのは、両手で数えるほどしかありませえええええええん! 審判の採点放棄により! この時点で、特別ルールが適用! 剛迫選手に、無条件で二票が入ります! つまり!』


 無間天獄をプレイしていた審判が、解放された、と言わんばかりに勢いよくコントローラーを置く。

 それを見た須田は膝を突き――首を左側に傾けて、割れんばかりの熱狂にかき消されるかすれ声を出す。

 う そ だ。そんな口の形だったように見えた。


『千変万化の姫術師・剛迫 蝶扇の、余りにも鮮やかで劇的な逆転勝利ですっっっ!!』


 会場は俺達を除いて完全に一つになった。

 拳を高々と掲げての歓声を一身に浴びる中、剛迫は椅子から立ち上がり、自らの蝶柄のメモリを天高く掲げる。それは無言の勝ち名乗りだった。

 前半戦で勝負が決まったためか、審判からは何の選評も無く、退場していく。その代わりにと言わんばかりに、剛迫は須田に歩み寄った。

 瞬間、会場が再び沈黙し――ステージ上の二人に注目する。


「貴女の敗因を教えてあげるわ。――貴女は、私を倒すための武器を作った。私は、クソゲーを作った。それだけよ」

「……理解度……『1』……」

「『5』になったら、またいらっしゃい。ちゃんとした、『クソゲー』を作ってね」


 戦いは終わった。

 そう宣言するように剛迫はポニーテールを解き、長く美しい髪を空に投げ出した。

 会場からは割れんばかりの拍手が鳴り響き、『剛迫―――!』『須田――――!』と両者の名前を呼ぶ声が聞こえる。


「……おい、お前!」


 勝利は確定した。

 俺はナイトを振り返る。


「勝ったぞ! さっさと、不死川の居場所を……」


 言え。

 そこまで続ける必要は、無かった。

 ナイトはゆったりとしたマントの一部を開放して、そこに自分の腕と共に隠していた――不死川の小柄な体をお姫様抱っこし、四十八願に差し出している。


「ふーちゃん!」


 四十八願が不死川を引き取ると、ナイトはマントを再び纏って身を翻す。


「待て! 帰る前に、お前が……お前らが何者なのか!」


 ナイトは聞く耳など持たず、超人的な跳躍を行い、群衆の中に消えていく。

 空しい言葉と空を掴んだ手が残り――俺は思わず歯噛みした。

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