第28話

「!」


 まさか。

 俺は予想が外れていることを期待する。

 まさか、それはやり過ぎだ。そんなことはないだろう。ジャンプのコマンドがもしも『アレ』なら……! そのインパクトは完全に、ギガンテスタワーの息の根を止める。


「――沸騰する泥の河。苛む灰汁の窯。臍に打たるる鉄の釘、飢えたる狐の鉄の顎。鉄の雨に窮する咎人、無尽蔵なる狂気の飢え」


 穴に迫るギガンテスタワー。

 穴に迫る無間天獄。

 会場の緊張はピークに達する中、不吉な詠唱が続けられる。


「破滅をもたらす鉄の木々。座り死すのみ鉄の箱。病を患え永久に。死してなお死ねまたも死ね。炎の牙と嘴を。死の風、銅窯、睨み合う。熱砂の渇きと銅の潤し。刺され射られ叩かれ苦しめ、飢えて苦しめ、噛まれ焼かれ、逃げまどえ。火車に縛られ燃え尽きろ」


 穴に到達したギガンテスタワーは早々にジャンプコマンドを探し出した。が、最初はまぐれだったらしく、何度かパンチに化けてようやくジャンプして穴を飛び越える。

 しかし無間天獄は――


「……!」

『ど、どうしましたか!? 審判! 早く入力を……』

「……まさかとは、思うが……これのジャンプコマンドは……」


 早々に察したらしい。長年の勘というものなのだろう。

 会場は一様に息を呑む。審判は震えながら、自殺のコマンドを――

 ほんの僅かにずらして、押した。


「――逃れえぬ苦痛の輪廻・無間地獄」


 跳ねるキャラクターに。

 会場が絶叫した。


「嘘だろおおおおおお!? 自殺コマンドとほぼ変わらないのがジャンプだって!?」

「あ、ありえねえ! 悪魔だ! あの女は悪魔だあああああああ!」

「あんなのすぐに自殺に化けちまうじゃねーか! 時間制限までついてるんだぜ!?」


 阿鼻叫喚の地獄絵図がここにあった。

 余りのジャンプへの恐怖のためだろう、審判は震えながら固まってしまった。たった一度の操作ミスが、数十秒もの長いロードを生み出してしまう――そのプレッシャーは相当なものだろう。

 化けたらパンチしてしまい、ストレスを与えるギガンテスタワーが可愛く見えてしまう、圧倒的下位互換の仕様。アクションゲームでありながら手術並みにスピードと正確さを要求するストレスは、計り知れない。

 これが恐怖のジャンプのクソ仕様……『無間地獄』。

 ジャンプを要求する場面のたびに死のプレッシャーを与える。それはまるで、日常で使う電化製品の操作を少しでも間違えば大爆発を起こすようなものである。

 ギガンテスタワーのテスターだからこそ、言える。

 これは……もう……

 勝てな「ミュージック・№5、スタート」


「イエス!」


 剛迫の静かな声と。

 どこか嬉しそうな声がどこからか聞こえてくると共に――会場の音楽が変化した。

 それは、アップテンポでノリノリな、テンションの上がる――

 覚醒を促すような、希望に満ちた音楽だった。


「な……№5!?」

「マジか……№5って確か!」


 剛迫の勝利は絶望的。

 そんな空気を、この曲は打ち消していく。

 蘇っていく希望の海の中で、剛迫は。


「もう一度言うわ、須田 蘭火!」


 自らの腕を水平に広げると、リストバンドの後ろからUSBメモリを、引きちぎるような豪快な動きで取り出した。

 蝶柄のUSBメモリ。

 それを確認した観客から、どよめきが沸いてくる。

 夜空に閃く流星群を思わせる煌く黒髪は、双眸が放つ希望の光を受けてなお一層、黒く、美しく輝いているようだった。


「誰が相手だろうと何が相手だろうと! こんな卑怯な手段を取るような奴に、私のクソゲーが負けるはずはないわ! 何が目的なのか知らないし、アンタのバックに誰が居るのか知らないけどね! 私のゲームを潰すにしろ情報を見るにも、絶対に私には勝てないわ!」


 再度啖呵を切ると、取り出したUSBメモリを掲げる。

 それは伝説の剣を天に掲げ、魔王を両断せんとする勇者の姿を想起させる――


「何……何をするつもりなの? 一体これは……」

「愛の無い、私を倒すための急ごしらえで! ゲームを作ったアンタには出来ないことをするだけよ!」

「……!?」

「私の……私達のギガンテスタワーは……! 夢の懸け橋は、こんなところで折れるほどやわじゃないわ!」


 その言葉に呼応するように、画面に強制的にポーズがかかり、画面が切り替わった。

 虹色の背景、明朝体の文字で、こう書かれている――


 ――パッチ適用(エヴォリューション)――


「ギガンテスタワーよ、我は命ずる! 今、理の繭を破り! 光を鎖す、黒翼の蝶となれ!」


 作者席の机から、巨大なUSBスロットがせりあがってきた。

 台座に剣を突き刺すようにスロットにUSBを挿し込むと、巨大モニターに閃光が走り、またも虹色の文字で『LOADING』が乱舞する。

 それはまるで、虹の翼を持つ蝶達が踊り狂っているようだった。


「これがギガンテスタワーの新たな姿……! ギガンテスタワー・バージョン1・1よ!」


 剛迫は解き放ったのだ。

 自分の作ったクソゲーを。

 更にクソゲーにするための――力を。

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